狐耳の介入
ペンを握りつぶし、逃げるようにギルドを後にしたシュウ。その日の深夜、宿屋の窓を叩く微かな音で彼は目を覚ましました。
月明かりが差し込む安宿の一室。シュウは寝台に座り、包帯を巻いた自分の左腕をじっと見つめていた。魔物喰いによる回復でも取り切れない、鈍い痛みが芯に残っている。
「……まだ、熱いな」
内側に渦巻く『600』超えのステータス。それが、安物の土鍋に煮え滾る溶岩を流し込んだかのように、少年の肉体を内側から焼き、軋ませている。
その時、コンコン、と窓枠が鳴った。
「……シュウ様。起きていますか?」
聞き慣れた、鈴の転がるような声。シュウが窓を開けると、そこにはギルドの制服を脱ぎ、夜風に長い髪をなびかせたリィネが立っていた。彼女は身軽に部屋へと滑り込む。
「リィネ? なぜここに」
「お節介なのは承知の上です。でも、今日のあなたの様子……放っておけませんでした」
リィネはシュウの包帯が巻かれた腕に、そっと手を添えた。彼女の指先から、微かな治癒魔法の光が漏れる。
「ひどい状態ですね。筋肉が、自分の力に耐えきれずに悲鳴を上げています。シュウ様、あなた……これ以上、一人で戦うのは無理です」
「……俺には、これしかないんだ。喰らって、上がる。それだけだ」
シュウは手を振り払おうとしたが、リィネは強く、それでいて壊れ物を扱うような優しさでその手を握りしめた。
「上がれば上がるほど、あなたの体は壊れていくわ。……だから、提案があります。ギルド公認の『パーティ』を組みなさい」
シュウは眉を寄せた。
「パーティ? 馴れ合うつもりはない。俺の力は、他人には理解されない」
「分かっています。でも、今のあなたに必要なのは『剣』ではなく『盾』と『杖』です。あなたが全力を出す『一瞬』を作るために、敵を足止めし、あなたの自壊を癒やす存在。……それがいれば、あなたは壊れずに済む」
リィネは真っ直ぐにシュウの瞳を射抜いた。
「ソロでの無茶は、ギルドとしても許可できません。次の依頼からは、私が選定したメンバーを同行させます。……もし拒否するなら、ライセンスを一時停止させてもらいます。これは受付嬢としての『命令』です」
シュウは沈黙した。
確かに、廃坑での戦いは綱渡りだった。一撃を外せば、自壊した隙に食い殺されていただろう。
「……好きにしろ。だが、俺の足手まといになるなら、置いていくぞ」
「ふふ、心配ご無用です。私が選ぶのは、一癖も二癖もある連中ばかりですから」
リィネは満足げに微笑み、窓から夜の闇へと消えていった。
翌朝。ギルドのロビーに現れたシュウを待っていたのは、リィネと、彼女が連れてきた二人の「はみ出し者」だった。
シュウの「異常な出力」を支えるための、歪なパーティが今、結成されようとしていた。




