夜の「楔」、震える指先
王都クロイツへと続く街道沿い。夜の帳が下りた野営地で、焚き火の爆ぜる音だけが静寂を刻んでいた。
三人の少女たちが眠りについたのを確認し、シュウは独り、自身の左腕を見つめていた。魔物の肉を喰らい、その生命力を強制的に同化した代償。皮膚のあちこちに、どす黒い血管のような紋様が浮き出ている。
「……まだ起きているのね」
背後から、静かな、しかし凛とした声が響いた。振り返ると、そこには薄い寝着の上に外套を羽織ったエレインが立っていた。彼女の持つ古びた杖が、月光を反射して淡く輝いている。
「腕を出して。……明日の王都入りに備えて、打ち直しておくわ」
拒絶を許さない響き。シュウが無言で左腕を差し出すと、彼女の細く白い指先が、その不気味に変色した肌に触れた。
「っ……」
シュウの頬が微かに歪む。エレインの指先から流れ込む魔力は、癒やしというにはあまりに鋭く、冷たい。それは、崩壊しようとするシュウの肉体を、一本の鋼糸で強引に縫い合わせるような感覚だ。彼女が「楔」と呼ぶその術式は、シュウの尊厳を削り、彼を「人間」に留まらせるための呪縛でもあった。
ふと見ると、シュウの腕に触れるエレインの指先が、小さく震えている。
「……怯えているのか? エルフが魔物に」
「いいえ。私は、あなたが思っているほど高潔な種族ではないわ」
エレインは視線を伏せたまま、震えを抑えるように杖を強く握りしめた。碧眼の奥には、焚き火の炎とは異なる、昏い後悔の色が揺れている。
「ただ、あなたの『器』が軋む音を聞いていると、昔の知り合いを思い出すだけ。……彼も同じように、世界を背負おうとして、内側から燃え尽きた。私は、それをただ見ていることしかできなかった」
かつて、彼女の故郷を襲った障気。それを一人で引き受け、異形と化して死んでいった男。エレインにとってシュウは、その「救えなかった過去」の身代わりでもあった。
「……二度も同じ結末を見たくないだけよ。シュウ、あなたは私の『贖罪』。だから勝手に壊れることは許さないわ。たとえ、私があなたの心を縛り付けてでも」
エレインの言葉は執着に近い。だが、その冷たい魔力の奥底には、誰にも悟られぬよう隠された、狂おしいほどの情愛が混じっていた。シュウはその熱を無言で受け止め、彼女が顔を上げる前に、その震える手を自らの掌で包み込んだ。
「……お前の魔力は、冷たいが心地いい。……少し、眠れそうだ」
不器用なシュウの言葉に、エレインは弾かれたように手を引き、フードを深く被り直した。
「……お喋りな口ね。……明日は朝が早いわ。さっさと寝なさい」
突き放すような言葉とは裏腹に、彼女の頬は夜の冷気の中でも隠しきれないほど赤く染まっていた。




