境界線の捕食者
夜明け前の青白い光が差し込む中、山嶺の断崖を震わせる咆哮が響いた。
現れたのは、かつてシュウが一人では決して手を出せなかった上位種――『山砕きのベヒーモス』。
「……ッ、この圧。Aランクね」
エイレンが弓を番え、鋭い視線で獲物を見据える。彼女のステータスは3,800。エルフとしての長い年月で培った研鑽の極致にいる。
「エイレン、右。……私が、止める」
ミーニャが双剣を抜き、前に出る。彼女のステータスは4,000。合流時、シュウを「守るべき対象」と見ていた彼女の身のこなしはさらに鋭くなっている。
二人は阿吽の呼吸で散開し、巨獣を翻弄し始めた。だが、ベヒーモスの強固な外殻は、二人の攻撃を僅かに弾き返す。
「硬いわね……! ミーニャ、一瞬だけ隙を作って!」
「……了解。……でも、一撃じゃ足りない」
二人が死力を尽くして決定打を探そうとした、その時だ。
「……僕がいく」
背後から、静かな声が響く。
シュウが、二人の間に割って入るように前へ出た。
「シュウ!? 下がってなさい、あんたはトドメを刺すタイミングを……」
エイレンの言葉が終わる前に、シュウは加速した。
避けるのではない。ただ、最短距離で踏み込み、巨獣の懐へと潜り込む。
ドォォォォォン!
衝撃音が響き、ベヒーモスの巨躯が、見えない巨人に押し潰されたかのように、断崖にめり込んでいた。
現在のシュウのステータスは、5,500。
かつて二人の半分にも満たなかったその数値は、今や二人を明確に上回り、力任せな外殻をも強引に粉砕する質量を帯びていた。
「……嘘。あんなの一撃で……?」
エイレンの言葉が凍りつく。
かつて自分が「守ってあげなければ」と思っていた男の背中が、今は頼もしく、そして少しだけ畏怖を覚えるほど大きく見えていた。
2. 積み重ねの果て
「さて……。鮮度が落ちないうちに、一番旨いところをいただくか」
絶命したベヒーモスの巨体を見下ろし、シュウは淡々と解体を始める。
【ステータスが 50.00 上昇しました】
「……また、上がったな」
シュウが掌を見つめて呟く。
一万匹のツノネズミを食べて「0.01」を積み上げていた孤独な日々。あの頃の「500」という数値に震えていた自分は、もういない。
3. 背中を見守る二人
「……ねえ、ミーニャ。私たち、いつからあいつの『後ろ』を歩くようになったのかしら」
エイレンが、力なく弓を下げた。
悔しさよりも、共に戦ってきた戦友の確かな成長に対する、複雑な充足感が勝っている。
「……シュウは、変わってない。……ただ、少しだけ。……先に行っただけ」
ミーニャは双剣を収め、満足そうに鼻を鳴らした。
かつては自分たちが守っていた。今は、彼がこのチームの核として、最も困難な境界線を切り拓いている。
「おい、何を突っ立ってる。飯の準備だ。エイレンは火を、ミーニャは香草を頼む」
シュウのぶっきらぼうな呼びかけに、二人は顔を見合わせた。
「……あいつ、相変わらずね。……分かったわよ、最高の火を用意してあげるわ!」
「……シュウ。……美味しいの、期待してる」
三人は再び歩き出す。
対等な戦友として、けれど、その中心には明確に強くなった一人の男がいた。




