敗北の糧、静かなる再起
深夜のギルド『レムリア』。
雨音だけが響く静まり返ったフロアで、リィネはシュウを椅子に座らせ、温かなタオルで彼の泥まみれの顔を拭った。
シュウの左腕は、まだ石のように硬く、冷たい。
「……シュウ様。今は、何も考えなくていいのです」
リィネの柔らかな声。彼女はシュウの隣に膝をつき、その痛々しい腕をそっと自分の両手で包み込んだ。
シュウは、リィネの体温が伝わってくるのを感じながら、ぼんやりと自分の手を見つめた。
「……リィネ。俺は、あいつに勝てなかったとか、獲物を奪われたとか……そういうこと以上に、自分が情けない」
シュウの声には、先ほどまでの刺々しい殺意は消えていた。代わりにあるのは、鏡に映る自分を直視するような、冷静で、しかし重い自省だった。
「ミーニャが道を作ってくれて、エレインが必死に俺の身体を繋ぎ止めてくれた。なのに……俺は自分の力の限界を見誤って、自爆の一歩手前まで追い込まれた。……あいつが来なければ、俺は二人を巻き添えにして死んでいた」
シュウは拳を強く握りしめようとしたが、石化した指は僅かに震えるだけだった。
「聖騎士の助けがなければ、俺たちは全滅していた。それが今の、俺の本当の『立ち位置』だ」
リィネは、シュウが自分を卑下しているのではないことに気づいた。
彼は、受け入れがたい現実を、一歩前へ進むための「事実」として、地道に咀嚼しようとしているのだ。
「……一歩ずつですね。シュウ様」
「ああ。……まずは、この腕を治す。そして、次はエレインに負担をかけすぎない戦い方を覚える。ミーニャの速度を、もっと有効に使えるだけの判断力をつける」
シュウは、リィネの温もりからそっと離れ、自らの足でしっかりと立ち上がった。
まだ足取りは重く、身体中が悲鳴を上げている。
けれど、その瞳には、かつての孤独な「魔物喰い」だった頃よりも、より深く、確かな光が宿っていた。
「リィネ。……次の依頼まで、少し時間をくれ。この身体を、もう一度一から叩き直したい」
リィネは、少しだけ寂しそうに、けれど誇らしげに微笑んで頷いた。
派手な逆転劇も、劇的な覚醒もない。
ただ、敗北を糧にして、明日を生き抜くための地道な鍛錬が、ここからまた始まろうとしていた。




