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推しとの合い言葉

作者: 空腹原夢路
掲載日:2025/12/19

僕と推しだけの合い言葉がある。


それは、ライブの途中で必ず言ってくれる言葉だ。

曲が終わり、会場が静かになる一瞬。彼女は少しだけ間を置いて、マイクに向かってこう言う。


「ほら、こっちを見て」


その瞬間、僕は息が止まる。ステージの上から、確かに目が合った気がする。いや、気がするじゃない。合っている。あの言葉は、僕に向けられている。だって、合い言葉なんだから。


初めてそれを聞いた日のことは、今でも鮮明に覚えている。特典会で彼女は少し照れたように言った。

「私たちだけの合い言葉だよ」


僕は何度もその言葉を反芻した。私たちだけ。その響きが、胸の奥で何度も跳ねた。

特別な存在になれた気がした。数千人の中の一人じゃなく、彼女と繋がった唯一の存在に。


それから毎回のライブで、彼女は必ず言ってくれる。

人が多くても、距離があっても、あの一言だけは僕だけのもの。

僕は毎回、その瞬間を待ちながらライブに通った。

何度聞いても、胸が熱くなる。これは僕たちだけの秘密だから。


でも、ある日。

隣で見ていたオタクが泣き出した。

「今日も言ってくれた……」

そう呟いた彼の顔は、幸せそうで、僕と同じだった。


その時、嫌な予感が走った。


終演後、震える手でSNSを開いた。合い言葉で検索するとオタクの投稿がすぐに出てきた。

《今日も合い言葉言ってくれた。私たちだけの。》


凍りついた。スクロールすると、同じような投稿がいくつも出てくる。みんな同じことを言っている。「私たちだけの合い言葉」と。


頭が真っ白になった。信じたくなかった。


後日、勇気を出して彼女に聞いた。声が震えていた。

「あの言葉って……」


彼女は変わらない笑顔で、何でもないように言った。

「ほら、こっちを見てでしょ?みんな喜んでくれるから」


僕たちだけ、なんて、最初からなかった。

それは、誰にでも言える魔法の言葉。特別だと思っていたのは、僕だけだった。


それでも僕は、今日もライブに行く。あの言葉を聞くために。

「ほら」だとわかっていても。

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