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「君を愛することはない」と言われたので、廃温室で薬草研究を始めました。  作者: P__4


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温室の外から、声が聞こえた。

「温室の魔女様、万歳!」

「公爵様、万歳!」

領民たちが、集まっていた。

クレールの研究——レオナールの母の研究を継いだ薬は、ついに完成した。風土病だけでなく、多くの病に効く万能薬。それが、公国を救った。

「……賑やかだな」

レオナールは、少し困ったような顔をした。

「慣れていないのですか? 領民に慕われるのは」

「……母が生きていた頃は、こうだった。母の死後は——」

言葉が、途切れた。

けれど、クレールには分かった。

母を失ってから、この人は——孤独だったのだ。

「これからは、違いますよ」

クレールは、静かに言った。

「私は、ここにいます。温室も、蘇りました。お母様の研究も、続いていく」

レオナールは、クレールを見た。

「……ああ」

その声は、いつもより——柔らかかった。

「そうだな」

恋愛ではない。告白もない。ただ、確かな信頼で結ばれた二人。

クレールは相変わらず温室に没頭し、レオナールは時々茶を差し入れに来る。茶の腕前は、少しずつ上達している。

「……ねえ」

ある日、クレールがふと言った。

「何だ」

「あなた、いつから私を見ていたの?」

レオナールは、少し考えてから——

「……袖口に土がついていた時からだ」

「え?」

「結婚式の時。礼服の袖口に、土がついていた」

クレールは、目を丸くした。

あの時の自分を、覚えているのか。

「……気づいていたんですか」

「変わった女だと思った。泣きもせず、怒りもせず——淡々と、自分の居場所を探しているように見えた」

「……」

「母と、同じだと思った」

レオナールの声が、わずかに震えた。

「だから——目が離せなくなった」

クレールは、言葉を失った。

そして——

「……ありがとうございます」

小さく、呟いた。

「何がだ」

「私を、見ていてくれて」

レオナールは、何も言わなかった。

ただ、袖口のボタン——母の形見——に、そっと触れた。


***


温室に、午後の光が差し込んでいる。

棚には、青々とした薬草が並んでいる。セイヨウオトギリソウ、エキナセア、カモミール——

かつて、ここで薬草を育てていた女性がいた。

その息子は、母の形見を守ることしかできなかった。

そして今——

新しい「温室の魔女」が、その研究を継いでいる。

クレールは、薬草に水をやりながら、ふと窓の外を見た。

本館の二階。執務室の窓に、人影が見える。

レオナールだ。

目が合った。

クレールは、小さく手を振った。

レオナールは——何も反応しなかった。

けれど、窓から離れなかった。ただ、じっと見ていた。

「……変な人」

クレールは、小さく笑った。

けれど、その笑顔は——温かかった。

「クレール」

温室の入り口から、レオナールの声がした。

名前を呼ばれたのは、初めてだった。

「夕食の時間だ」

「……今行きます」

クレールは、薬草から手を離した。

温室を出る時、振り返った。

棚の上に、レオナールの母が育てていたセイヨウオトギリソウが、青い花を咲かせていた。

「……お義母様」

小さく、呟いた。

「あなたの息子を、よろしくお願いします」

風が吹いて、花が揺れた。

まるで、頷いているようだった。

クレールは、温室の扉を閉めた。

夕暮れの光の中、夫が待っている。

「遅い」

「ごめんなさい」

「……待っていた」

その言葉に、クレールは少し驚いた。

「待っていてくれたんですか?」

「当たり前だ」

レオナールは、ぶっきらぼうに言った。

「夫婦だろう」

クレールは——思わず、笑ってしまった。

「何がおかしい」

「いえ……あなた、変わりましたね」

「変わっていない」

「変わりました。以前は、『好きにしろ』しか言わなかったのに」

レオナールは、少し困ったような顔をした。

「……お前のせいだ」

「私のせい?」

「お前が——温室にいるから」

言葉が、途切れた。

けれど、その先は——言わなくても分かった。

クレールは、静かに微笑んだ。

「行きましょう、夕食に」

「ああ」

二人は、並んで歩き出した。

夕暮れの光が、二人の影を長く伸ばしている。

温室の方から、花の香りが風に乗って漂ってきた。

セイヨウオトギリソウの、甘い香り。

それは——母から息子へ、そして新しい「温室の魔女」へと受け継がれた、命の香りだった。

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