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第8回

   8


 その翌日のことである。


 数日ぶりにおばあちゃん家で魔法の修行をして、気力体力ともにへろへろになったその帰り道。


 わたしはおばあちゃんからのお願いで、再び真帆さんのもとを訪れた。


 学校鞄の中には手のひら大の小さなクマのぬいぐるみが2つ。


 何かの魔法がかかっているらしいのだけれど、わたしも詳しいことは聞いていない。


「まいど~。真帆さん、いる~?」


「は~い」

 暖簾をくぐって、いつもの笑顔で真帆さんが店に出てくる。

「いらっしゃい、茜ちゃん」


「おばあちゃんからいわれて持ってきたよ。はい、クマのぬいぐるみ」


「ありがとうございます! やっぱり神楽のおばあちゃんが作ってくれたぬいぐるみは――あれ?」


 小首を傾げた真帆さんに、わたしは「へへん」と鼻を鳴らしてから、

「片方はわたしがおばあちゃんに習いながら作ったものです! どう? なかなかよくできてるでしょ?」


「そうですね。ちょっと耳が歪んでるような気がしますけど、よくできてますよ」


「そこはいわないで! 初心者なんだからさぁ」


「すみません」

 と真帆さんは軽く噴き出すように笑ってから、

「でも、ちゃんと魔力はこもっているみたいだから、何も問題はありませんよ」

 いい出来です、と真帆さんはぱちぱち手を叩いて褒めてくれた。


 ……それ、本心からなんだろうね?


 真帆さんがいうと、なんか信用ならないんだけれども?


 なんて疑っているところへ、


「――こんにちは」


 がらりとガラスの戸が開いて、心音さんが顔をのぞかせた。


 心音さんはおずおずといった様子で店の中に入ってくると、

「す、すみません、お取込み中でしたか?」


「いえいえ、ちょっとじゃれ合っていただけですから!」

 そう答えた真帆さんは、心音さんにゆっくり歩み寄りながら、

「あの薬、どうでしたか? 効きましたか?」


「あの、それなんですけど――」

 いいながら、心音さんは肩に下げた小さなバッグを開くと、先日渡したあの小瓶を取り出して、真帆さんに差し出した。

「ごめんなさい、結局使えませんでした」


 真帆さんは黙ってそれを受け取ってから、ことりとカウンターに小瓶を置いた。


 中の水色の液体が、ゆらゆら小さく揺れている。


 微笑みを湛える真帆さんに、心音さんは、

「何度か試してみようと思ったんですけど…… 正直になる薬、なんてものを使うのは、なにか違うような気がして――」


「……違う、というと?」


「その――魔法の薬を使って無理やり聞き出すようなこと、どうしてもできなかったんです」


 俯きながら口にする心音さんの気持ち、わたしも解らないでもない。


 何を考えているのか知りたいとは思う。けど、その内に秘めた気持ちや思いを、魔法の力で聞き出すなんてこと、できればわたしもしたくはない。


「せっかく頂いたのに、ごめんなさい」


 頭をさげる心音さんに、真帆さんは、


「どうぞ、頭をあげてください。心音さんが謝る必要はないですよ。心音さんの気持ち、とても当たり前のことだと思います」


「……ありがとうございます」


「あ、そうだ。代わりといってはなんですけど、こちらをどうぞ」

 そういって真帆さんは、わたしが持ってきた2匹のクマのぬいぐるみを心音さんに差し出して、

「ふたりの幸せを願って、わたしからのプレゼントです!」


「え? それは……いえ、そんな……幸せを願って? どういう意味ですか?」


「気にしないでください! ほらほら、どうぞどうぞ!」

 真帆さんはまるで押し付けるように、そのクマのぬいぐるみを心音さんに手渡しながら、

「大丈夫ですよ、信じてください。このクマが、心音さんの心配をきれいさっぱり、なくしてくれますから!」


「えぇ? そ、そうなんですか? ありがとう、ございます……?」


 なんという強引な。


 いったい何のつもりで真帆さんはぬいぐるみを?


 っていうか、もしかしてこのために、わたしはぬいぐるみを持ってきたってこと?


 おばあちゃんと真帆さんの間で、いったいどんなやり取りがあったんだろう。


 わたしはただクマを届けに来ただけで、何が何やらさっぱりわからん。


 心音さんは、渡された2匹のクマをしばらく見つめていたが、急に口元に笑みを浮かべると、それを胸にぎゅっと抱きしめながら、

「――ありがとうございます。大切にします」

 もう一度そう口にして、深く頭を下げたのだった。


 ……なにこれ、どゆこと?


 いったいあのクマに、何の魔法がかかっていて、どんな効果があったというのだろう。


 心音さんは「それじゃぁ、失礼しますね」と薄っすら目に涙を浮かべながら、わたしたちに背を向けると、どこか満足げに、お店から出ていったのだった。


 わたしはそんな心音さんの去っていく姿を見つめていたが、

「ね、ねぇ、真帆さん」


「はい? なんです?」


「いま、何があったの? 心音さん、なんか急に様子が変わったみたいに見えたんだけど」


「はて……? なんのことやら……?」

 頬に人さし指をあてて、あからさまにシラを切る真帆さん。


 わたしはそんな真帆さんに、


「ね~! お~し~え~て~よ~!」


 地団駄を踏みながら答えを要求したのだけれど、真帆さんは口元に人さし指を立てながら、軽くウィンクをして見せて、


「――ひみつですっ!」


 そういって、にっこりと微笑んだだけだった。

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