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魔法百貨堂 〜魔女と魔法使いの弟子〜  作者: 野村勇輔(ノムラユーリ)
ふたりめ

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第7回

 7


 翌朝。俺は二週間ぶりに、すっきりとした朝を迎えることができた。


 改めてカーテンを全開し、あの不気味な視線のないことを確認する。


 やはり、どこにもあの黒い人影の姿はどこにもなかった。


 俺はほっと安堵し、けれど疑問に思う。


 結局、あの人影は何だったのか?


 茜が犬のようだというから、俺はてっきり昔死んだうちの犬、マルクの霊か何かなのだと思ったのだけれど――あの感じだと、もしかしたら違ったのだろうか?


 ……わからない。


 人影が消えたのは喜ばしいことだが、今度はあれがなんだったのか、気になってしかたがなかった。


 俺は仕事を終えた夕方、再び魔法百貨堂を尋ねてみた。


 仕事の間も、あの黒い人影の姿はおろか、視線を感じることも結局なかった。


 がらりとガラスの引き戸を開けて中に入ると、パタパタと足音が聞こえ、店の奥へと続いているのであろう暖簾をくぐって、

「いらっしゃいませ。どのような魔法をお探しですか?」

 真帆さんが姿を現した。

「あら、こんにちは。その後どうですか?」


 訊ねられて、俺は昨夜の出来事を軽く話した。


 すると真帆さんはうんうんと何度か頷いてから、

「あぁ、やっぱり」

 納得したように口にした。


「やっぱり? どういうことだ? わかってたのか? あいつが消え去るのが」


「わかっていたというか、勘ですかね?」


「勘?」


「そう、勘」


「茜もいってたけど、勘でどうにかなるものなのか?」


「勘ではどうにもなりませんねぇ」


「じゃぁ、どういう意味だよ」


「そうですねぇ」

 真帆さんは指先を口元にあてながら、

「昨日、わたしがこの店に帰ってきたとき、見たんですよ」


「なにを?」


「黒い影を。お店の外で」


「えっ」

 俺は思わず目を見開く。

「あの、黒い人影を?」


「はい、この目でしっかりと。もっとも、私に気付いてすぐに隠れてしまいましたけれど」


「あ、あいつは、結局なんだったんだ?」


「ドッペルゲンガー、ですね」


「ド、ドッペルゲンガー?」


「はい、ドッペルゲンガー」


「なんだよ、それ。お化けってことか?」


「お化け……といえば、そうかも知れませんね」


「かも知れないって、違うってことか?」


「厳密には、世間一般でいわれているドッペルゲンガーとは少しばかり違うかもしれません」


「じゃぁ、あんたのいうドッペルゲンガーって?」


「人になろうとする、何らかの存在?」


「何らかって、あんた……」


「残念ながら、ドッペルゲンガーについてはそこまで詳しいところまでわかっていません。人の形を成して、人になろうとしている魔力そのもの、そんな存在です。いえ、まだ存在していないので、存在とすら呼べないかも知れません。あれは見た感じ、ドッペルゲンガーの生まれたてって感じでしたから」


「まさか、アイツが俺と入れ替わろうとした、そういうことか?」


「入れ替わることはないんじゃないですか? ただ人になりたいがために、人になろうと人のことを勉強していただけだと思います」


「べ、勉強?」


「まぁ、わかりやすいいい方をすると、ですけど」


「俺の姿を見て? 人の勉強? ドッペルゲンガーが?」


「ですね」


「人になって、アイツはどうするつもりだったんだ?」


「さぁ?」


「さぁって、あんた……」


「さすがにそこまでは。人に憧れて人になろうとした魔力そのもの……そうですね、魔法的な精霊って思って頂ければいいと思います」


「魔法的な、精霊? ドッペルゲンガーが?」


「あくまで、私の見解ですけど。結構多いんですよ、人に憧れる精霊って」


「人に、なれるものなのか?」


「どうでしょう?」

 真帆さんは小首を傾げる。

「少なくとも、私は人になれた精霊を知りません。けど、知らないからといって存在しないとは限りませんので」


「……これで、アイツはもう、俺の前に現れないと思うか?」


「たぶん、大丈夫だと思います。あなたには、マルクさんもいらっしゃるみたいなので」


「――マルク?」


「えぇ、そうです。あのドッペルゲンガーを目にしたとき、すぐそばのバラの木の影から、じっとドッペルゲンガーの様子を窺っていましたので」


「ま、まさか、本当に……? 俺を守るために?」


「そうですね」


「マルクの霊が?」


「はい。恐らく、マルクさんがあのドッペルゲンガーを散らしてくれたんだと思いますよ」


 マルクが、あの黒い人影を……


「今も、マルクはいるのか?」


 すると真帆さんは、俺のすぐ後ろの足元の方に視線をやり、目を細めながら、

「――はい」

 俺もその視線の先に目をやった。


 何も見えないけど、ここに、マルクが?


「マルクが、俺を――」


 俺はなにもない空中に、マルクの頭を撫でるように、手を伸ばした。


 ふわり。


 マルクの柔らかい毛並みが、その手に触れたような気がした。


「そうか」

 俺は納得して、大きくため息をひとつ漏らし、

「……ありがとう、真帆さん。世話になった」


「いえいえ、うちとしては何もしていませんので。全てはマルクさんのお陰ですよ。いいペット、いえ、ご兄弟だったんですね」


「……ああ、そうだな」

 それから俺は、真帆さんに背を向ける。

「じゃあ、俺は帰るよ」


 真帆さんは、柔らかい笑みを浮かべながら、

「はい。またのご来店、お待ちしていますね」


 俺は見えないマルクを引き連れるように、魔法百貨堂を、あとにした。

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