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第二話 魔封学園「暁の境界」

 秋の空はどこまでも高く、青く透明に澄み渡っていた。

 魔封学園「暁の境界」の朝は、男子寮「青獅子寮」の窓から差し込む、冷たく鋭い光で始まる。舞い上がった埃が、その光の筋の中で金色の粒子となってきらめき、やがて床に落ちて消えた。


「――ん、ぐぅ……」


 リアンは、ベッドの上で唸りながら寝返りを打った。ぼんやりと意識が覚醒していく中、すぐ隣りのベッドからは、地響きのようなレオのいびきが聞こえてくる。窓の外からは、鳥のさえずりと、おそらく早朝訓練に励む上級生たちのものだろう、乾いた剣戟の音が微かに響いていた。平和でいつもと変わらない朝。また一日が始まるのか。茫漠とした夢想の中で、リアンは再び睡魔に引きずり込まれていく。


「おい、リアン! いつまで寝てんだ、遅刻するぞ!」


 突如、レオの怒声と共に、枕が顔面に叩きつけられた。少しうとうとしただけのつもりだったが、小一時間は経っていたらしい。


「うわっ!?…わ、分かってるよ!」


 慌てて跳ね起きるリアンに、既に制服に着替えたレオが、仁王立ちで呆れたように笑う。


「お前、昨日の夜も遅くまで起きてたろ。机の上の魔導書、雪崩起こしてるぜ」

「…うん。ちょっと、復習をね」


 嘘だった。昨夜、彼が見ていたのは教科書ではなく、自らの腕に浮かぶ紋章。建国王アルトリウスから受け継いだという、この特別なはずの紋章。だが、昔からいくらエーテルを注ぎ込んでも、それは鈍い光を放つだけで、彼の期待に応えてはくれなかったのだ。


 食堂に漂う、焼きたてのパンの香ばしい匂いと、野菜スープの温かい湯気。食欲をそそるその香りが、リアンの重い気分を少しだけ和らげる。レオと二人で席に着くと、すぐに向かいのテーブルから声がかかった。


「おはよう、リアン、レオ。二人とも、今日も朝から元気ね」


 黒髪のボブを揺らし、リナが冷静な視線を向けてくる。その隣りでフィーリアが「おはようございます」と、花が綻ぶように微笑んだ。


「リアン、目の下に隈ができていますよ。昨夜も、また無理をしたのでは?」


 彼女の透き通るような青い瞳に心配の色が浮かぶのを見て、リアンは慌てて目を逸らした。


「だ、大丈夫だって。それより今日の魔法史、予習してきた? あの先生、やたら指名するからな…」


 他愛ない会話。いつもの朝食。しかし、その穏やかな空気は、一つの影によって容易く引き裂かれた。


「おっと。アークライトの末裔が、随分と眠そうな顔だな。先祖が泣いているぞ」


 見下すような、冷たい声。カイが数人の取り巻きを連れて、リアンたちのテーブルの横に立っていた。


「…カイ」

「おっと、失礼。出来損ないに、一族の誇りを語っても無意味だったか」


 カイの金色の瞳が、嘲笑の色を浮かべて細められる。その視線はまるで値踏みをするように、リアンから隣りにいるフィーリアへと移った。


「行くぞ」


 カイは取り巻きたちにそれだけを言うと、興味を失ったように踵を返し、食堂の奥へと消えていった。


「んだぁ!てめぇ!」


 食ってかかろうとするレオの腕を、リナがテーブルの下で強く掴む。


「やめなさい、レオ。ここで騒ぎを起こして得をするのは、彼の方よ」

「…ちっ」


 レオは舌打ちし、乱暴にパンを口に放り込む。リアンはただ俯いて、スープ皿に映る自分の情けない顔を見つめていた。大丈夫。いつものことだ。そう言い聞かせても、彼の言葉は、じわじわと体温を奪う毒のように、心を蝕んでいく。


 その日の午後の魔法史の授業は、リアンにとって苦痛以外の何物でもなかった。

 古い羊皮紙とインクの匂いが充満する大教室。教師が杖で指し示した壁には、魔法によって投影された、建国王アルトリウス・レークス・アークライトの壮麗な肖像画が浮かび上がっている。


「…かくして、建国王アルトリウス様は、その身に宿る強大な刻印魔法と、聖剣『ソウル・ケージ』の力をもって、魔王をこの地に封印なされた。我らが学ぶこの学園こそ、その偉大な遺志を継ぐ平和の砦なのである…」


 教師の抑揚のない声が、子守唄のように響く。リアンは、自分の腕の紋章が、まるで肖像画に呼応するかのように疼くのを感じ、思わず制服の袖で隠した。

(偉大な、遺志…)

 それは、今の自分にはあまりにも重い。隣りの席に座るフィーリアが、アルトリウスの肖像画と自分の横顔を、こっそりと見比べているのに気付き、リアンはさらに身が縮むのを感じた。


 続く魔法実技の授業は、その劣等感をさらに加速させた。

 パーティ連携の基礎訓練。リアン、レオ、リナの三人で組んだが、結果は散々だった。


「《光よ、集え》――ライトアロー!」


 リアンが放った光の矢は、的を大きく逸れ、レオの足元で情けなく暴発した。


「危ねぇだろ、リアン! 俺を狙ってんのか!」

「ご、ごめん…! エーテルの制御が…」

「今のあなたの制御レベルでは、高出力の魔法は自殺行為よ。基礎的な身体強化に集中しなさい」


 リナの冷静な指摘が、ぐさりと胸に突き刺さる。遠くのアリーナでは、カイのパーティが、完璧な連携でいとも容易く課題をクリアしていくのが見えた。その光景は、今のリアンにとってあまりにも眩しい。


 授業が終わり、仲間たちと別れた後、リアンは一人、逃げるように大図書館へと向かった。夕陽が長い影を作り、ステンドグラスを通して床に落ちる琥珀色の光が、高く積まれた書架の迷宮を幻想的に照らし出している。

 リアンはその一番奥の閲覧席に、見慣れた銀髪の少女の姿を見つけた。

 フィーリアだった。彼女は自分の背丈ほどもある山のような古文書に囲まれ、一心不乱に羊皮紙の巻物を解読している。その真剣な横顔は、普段のおっとりとした彼女とは別人のように、知的な輝きに満ちていた。


「…また、難しい本を読んでるのか?」


 声をかけると、彼女は驚いたように顔を上げた。その青い瞳が、リアンの姿を捉えて、ふわりと和らぐ。


「あら、リアン…。お疲れさまです。ええ、少しだけ…」


 彼女の机の上には、リアンには全く読めない古代ルーン文字がびっしりと書き込まれたノートが広がっていた。


「それは…?」

「あなたの紋章について、調べているんです」


 彼女は、少し照れたように言った。


「リアンの『刻印魔法』は、普通の魔法体系とは法則が違うみたいで…。きっと、何か特別なアプローチが必要なんだと思うんです。私にできることがあるなら、力になりたくて」


 彼女のひたむきな言葉と、彼女から香る、愛用のハーブティーの柔らかな匂いに、リアンのささくれ立った心が、少しずつ癒されていくのを感じた。この図書館の静寂と、彼女の存在だけが、今の彼の唯一の救いだった。


「ありがとう、フィーリア。でも、俺は…」

 その期待に応えられない、と。そう続けようとした彼の言葉を、フィーリアは遮るように、静かに首を振った。

「大丈夫です」


 彼女は立ち上がると、リアンの前に立ち、その翠色の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「私がいますから。リアンとは、故郷の村にいた頃からずっと一緒だったでしょう。これからも変わらず、ずっと…あなたの隣りにいます」


 その言葉は、誓いのように、祈りのように、静かな図書館に響いた。リアンは何も言えなかった。ただ彼女の青い瞳の奥に揺らめく、深い信頼と愛情の色から、目を逸らすことができなかった。


 帰り道、二人は並んで、夕暮れの回廊を歩いていた。


「…もうすぐ、進級試験だな」

 リアンが、ぽつりと言った。


「今度の試験こそ、ちゃんとみんなの力になりたいんだ。守られて、助けられてばっかりじゃ、ダメなんだ」

「ええ」

 フィーリアは、隣りで優しく頷いた。

「きっと、できますよ。リアンなら」


 今のリアンは、その言葉をまだ素直に信じることはできない。

 だが、隣りを歩く彼女の温もりを感じながら、彼は固く誓っていた。

 今度こそ、と。

 彼女が信じてくれる「俺」に、なってみせると。



 ここに、リアン・アークライトという一人の少年がいる。

 彼は自らの無力さに悩み、友との絆に支えられ、淡い恋に心を揺らす。それはどこにでもいる若者の、ありふれた青春の一幕に見えるかもしれない。

 しかし物語がリアン個人のものから、世界の運命そのものへと変貌する前に。

 まず、彼らが立つこの世界の理と、長きにわたる光と闇の歴史を知る必要があるだろう。



 アークライト神聖帝国の帝都アーケンシルトから遥か東、馬車を乗り継ぎ七日。世界の果てとも呼ばれる霧深き山脈の中心に、巨大なカルデラ湖『静寂の揺籠サイレント・クレイドル』は広がる。その湖畔に、白亜の城塞は壮麗な姿を浮かべている。

 魔封学園「暁の境界」である。


 ここで学ぶ三百名の若者たちは、皆、大陸中から選りすぐられた才能の持ち主だ。厳しい選抜試験を経てこの門を叩いた彼らは、輝かしい未来を夢見ている。聖剣士科の者は、伝説の勇者となる栄光を。神聖騎士科の者は、博愛の精神で人々を救う日を。魔導科の者は、世界の真理を探究することを。そして魔獣狩猟科の者は、己の肉体を極め、最強の戦士となることを。

 彼らは友と笑い、ライバルと競い、淡い恋に胸を焦がす。この白亜の学び舎が、自分たちを守り、導いてくれる希望の砦だと、誰もが信じて疑わない。


 だが、この学園の本当の設立理由を知る者は、生徒の中には誰一人いない。生徒にとって、この地に封印された魔王とは、魔法史の授業に少しだけ出てくる、ずっと昔の過去の存在であった。

 その真実を知るためには、時計の針を五百年前にまで戻さねばならない。


 かつて、この大陸はたった一体の存在によって、破滅の淵に立たされていた。「魔王」と呼ばれるその存在がもたらす絶望は、比喩ではなかった。空は朱に染まり、大地は裂け、海は枯れ、人々の嘆きは世界の悲鳴となった。魔王は尽きることのない魔力で天変地異を操り、無数の魔物を生み出して、人類の築き上げた文明を蹂躙したのである。


 しかし、闇が深ければ深いほど、光は強く輝く。

 絶望の底で、一人の若き王子が立ち上がった。後のアークライト神聖帝国初代皇帝、建国王アルトリウス・レークス・アークライトその人である。

 彼は身分を問わず、志を同じくする者たちを集め、人類最後の抵抗を開始した。その卓越した剣技と、彼の一族のみが扱える「刻印魔法」を駆使し、魔王軍と壮絶な戦いを繰り広げた。


 長きにわたる戦いの果て、アルトリウスは多大な犠牲を払いながらも、ついに魔王を追い詰める。だが、魔王の魂はあまりにも強大であり、完全に滅ぼすことは叶わないと悟った彼は、苦渋の決断を下した。

 自らの命と、この地の全てを懸けて、魔王を「封印」する、と。


 アルトリウスが用いたのは、歴史上類を見ない、大規模な「魂魄分離封印」であった。

 まず、彼は自らの愛剣に魔王の邪悪な魂を封じ込めた。これが、後に聖剣「魂の檻(ソウル・ケージ)」と呼ばれることになる、呪われし封印の剣である。

 次に、彼は自らの領地であったこの盆地そのものを巨大な魔法陣とし、魔王の肉体――すなわち、尽きることのない魔力の源泉を、大地の奥深くへと封じ込めた。


 魔封学園「暁の境界」は、この二重封印を永遠に維持管理するために、魔法陣の真上に建設されたのである。

 学園の壮麗な建築群は、封印を安定させるための制御装置であり、中央時計塔が刻む鐘の音は、封印の結界を律動させるための調律の音。そして、三百名の生徒たちが日々励むことで生まれる膨大な「エーテル」の余剰分は、彼らが気付かぬうちに、この巨大な封印結界を維持するためのエネルギーとして、少しずつ大地に供給され続けているのだ。


 これが、この白亜の学び舎に隠された真実。

 リアンたちが青春を謳歌するこの場所は、輝かしい希望の砦などではない。

 彼らが立つその大地こそが、魔王の巨大な墓標であり、同時に、いつか目覚める災厄の揺り籠なのである。



 次の日。

 秋の日は釣瓶落とし、という。ついさっきまで空に残っていた茜色の光も、今はもう図書館のステンドグラスの向こうに沈み、代わりに魔法の灯すマジック・ライトの灯りが、書架の迷宮に柔らかな影を落としていた。


 数百年を経て受け継がれる古い羊皮紙の匂いが、静寂と共に空間を満たしている。リアンは目の前の分厚い魔導書から顔を上げ、知らず知らずのうちに詰めていた息を、そっと吐き出した。昨日の魔法史の授業で聞いた「建国王アルトリウス」の話が、頭から離れない。自分の姓と同じ、「アークライト」という名を持つ英雄。その繋がりが、今の彼には誇りというより、重たい枷のように感じられた。


「…なあ、フィーリア」

 向かいの席で、同じく古文書に没頭していた幼なじみに、リアンは声をかけた。

「俺の家って、本当にあの建国王の末裔なのかな? 父さんも母さんも、そんなこと一言も言わなかったし…。ただの田舎の、しがない鍛冶屋の息子なのにさ」


 その言葉に、フィーリアは読んでいた羊皮紙の巻物から顔を上げた。彼女の青い瞳が、魔法の灯りを映して、夜の湖面のように静かに揺らめく。


「どうして、そんなことを今さら?」

「だって、おかしいだろ。そんなすごい血筋なら、なんで俺はあんな村にいたんだ? それに…」

 リアンは、自分の右腕に宿る紋章を、左手でぎゅっと握りしめた。

「それに、こんなに出来損ないなんだぜ、俺は」


 自嘲するようなその声に、フィーリアは小さく首を振った。それから、まるで遠い日を懐かしむように、その瞳をわずかに細めた。

「忘れてしまったのですか、リアン? あの日のことを」

「あの日…?」

「はい。私たちが、この学園に来ることになった、あの日の出来事を」


 彼女の言葉に導かれるように、リアンの脳裏に、故郷の村の風景が蘇る。穏やかな丘と、どこまでも続く麦畑。そして、あの日の、血の匂いと恐怖の記憶。


 あれは、二人がまだ十歳にも満たない頃だった。

 平和な村に、一体のフォレスト・ベアが迷い込んだのだ。それは、山に住まう強大な魔物で、村の貧弱な自警団では到底太刀打ちできる相手ではなかった。誰もが家に閉じこもり、恐怖に震えていた。

 その時、運悪く家の外で薬草を摘んでいたフィーリアが、その魔物と鉢合わせてしまった。天を突くような咆哮、大地を揺るがす足音。死を覚悟した彼女の前に、飛び出してきたのは、一本の木の棒を握りしめた、幼いリアンだった。


「…俺、あの時のこと、あんまり覚えてないんだ。夢中で、何が起きたか…」

 リアンが呟くと、フィーリアは優しく微笑んだ。

「私は、決して忘れません」

 彼女は、自分の胸にそっと手を当てた。

「リアンは震えながらも、私の前に立ってくれました。そして、魔物があなたに襲いかかろうとしたその瞬間です」


 彼女の語る光景が、リアンの記憶の扉をこじ開ける。

 そうだ。あの時、絶体絶命の状況で、自分の右腕が、燃えるように熱くなった。


「あなたの腕の紋章が、眩い光を放ったのです。それはただの光ではありませんでした。純粋な『拒絶』の意志そのものが、光の壁となったようでした。魔物はその壁に激突し、悲鳴を上げて、森の奥へと逃げていったのです」

「……」

「リアンは私を守ってくれた。昔も、今も、あなたは私の、たった一人の勇者様ですよ」


 リアンは、自分の右腕を見つめた。あの時以来、この紋章がそんな奇跡を起こしたことは一度もない。無意識に、たった一度だけ発現した、制御不能の力。だから、彼はそれを自分の「実力」だとは、どうしても思えなかった。


「その『事件』を、偶然村を巡回していた、この学園の先生が見ていたのです」

 フィーリアは続けた。

「『その紋章は、間違いなくアークライト家のもの。その身には、計り知れない力が眠っている』と。リアンのお父様とお母様は、あなたをその偉大な血筋の宿命から遠ざけ、静かに暮らさせるために、身分を隠してあの村に移り住んだのだと、その時初めて私に教えてくださいました」


 学園の教師はリアンを学園に強く推薦した。リアンの両親は、それに対して最後まで渋っていた。だがその時、幼いフィーリアが二人の前に進み出て、こう告げたのだ。


「私も学園へ行きます。リアンの力は、あまりにも強くて不安定です。正しく導かれなければ、いつかリアン自身を傷つけてしまうかもしれない。だから私がいつも側にいます。どんな時もリアンを守ります」


 その言葉が、両親を動かした。リアンが学園への入学を許されたのは、フィーリアのその覚悟があったからだった。


「フィーリア…お前、俺のために…」

 全ての経緯を思い出し、リアンは言葉を失った。自分は、彼女にどれだけのものを背負わせてしまったのだろう。

「いいえ」

 しかし、フィーリアは穏やかに首を振った。彼女は席を立つと、リアンの隣りに歩み寄り、その顔を覗き込んだ。ハーブティーの柔らかな香りが、ふわりとリアンの鼻腔をくすぐる。

「私のためです。私はリアンの隣りにいたい。ただ、それだけです」


 夕陽の名残を映す魔法の灯りが、彼女の頬を淡く染めていた。リアンは、すぐ隣りにやって来たフィーリアとの距離に、心臓が跳ね上がるのを感じる。花のようなフィーリアの匂い。彼女の柔らかそうな銀髪に触れたい。その華奢な肩を抱き締めたい。そんな衝動が、喉元までせり上がってくる。


「……」

「……」


 甘酸っぱく、少しだけ切ない沈黙が、二人を包んだ。

 やがて遠くで、今日の授業の終わりを告げる時計塔の鐘が、ゴーン、と重々しく響き渡る。二人ははっとして、同時に我に返った。


「あ、そろそろ…寮に戻らないと」

「お、おう。そうだな」


 どちらからともなくそう言うと、二人はぎこちない足取りで、書架の迷宮を抜けていく。

 図書館を出ると、空にはもう一番星が瞬いていた。二人の影が、回廊の石畳の上で、長く伸びて、やがて一つに重なる。

 リアンは、隣りを歩く彼女の横顔を盗み見た。自分の不甲斐なさに胸が痛みながらも、その一方で、彼女が隣りにいてくれるこの毎日が、永遠に続けばいいと、心の底から願っていた。

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