第十三話 決戦の場へ
「星詠みの夜祭」のクライマックス、夜の部の始まりを告げるファンファーレが、高らかに鳴り響いた。
学園の中庭は、地上に降りた天の川だった。夜空には、手を伸ばせば届きそうなほどの無数の星々が瞬き、地上では、生徒たちが灯した何百もの魔法の光球が、まるで天の川の欠片のように、優しく、温かくきらめいている。
楽団が奏でる優雅で、どこか切ないワルツの旋律が、夜に咲く月光花の甘い香りと混じり合い、会場全体を夢のような空気で満たしていた。
リアンとフィーリアは、その祝福の光の中心にいた。
「おー、やっと行く気になったか、リアン!」
「せいぜい、彼女の足を踏まないようにね」
レオとリナのからかいを背中に受けながら、リアンは少しだけ震える手で、フィーリアをダンスへと誘おうとしていた。昨夜、彼女と交わした約束。その温もりが、まだ胸の奥で、じんわりと熱を帯びている。
しかし、二人の間に流れる、その初々しい空気を、引き裂く者がいた。
カイ・ヴォルファードだった。
彼は、まるで舞台の主役が登場するかのように人垣をかき分け、フィーリアの前に立ちはだかった。その顔には、学園一の天才である自分が、当然のように彼女を勝ち取れると信じて疑わない、完璧な笑みが貼り付けられている。
「フィーリア」
彼の声は、自信に満ちていた。周囲の生徒たちが、息を呑んでその光景を見守っている。誰もが、学園の頂点に立つ二人が、今宵の最初のワルツを踊るものだと確信していた。
「今宵、君の最初のワルツを、この僕に捧げる栄誉を与えよう」
彼は、舞台役者のように恭しく手を差し伸べる。その金色の瞳は、勝利を確信して輝いていた。
フィーリアは、その手を取らなかった。
彼女は、カイを真っ直ぐに見つめた。その青い瞳の奥で、一瞬だけ深い憐れみのような光が揺らめいたのを、リアンは見たような気がした。
そして彼女は、静かに、しかしきっぱりと首を振った。
「申し訳ありません、カイ様。私の最初のダンスは、もう心に決めた方がおりますので」
その声には、微塵の迷いもなかった。
彼女は、呆然と固まるカイの横を、まるで彼が存在しないかのようにすり抜けると、まっすぐに、仲間たちの輪の中にいるリアンの元へと、その銀色の靴を鳴らして歩いてきた。
その瞬間、カイの中で時間が、止まった。
周囲のざわめきが遠のき、楽団の奏でる優雅なワルツも、彼の耳には届かない。ただ自分のプライドが、一点の曇りもない完璧な水晶のグラスが、石畳に叩きつけられて粉々に砕け散る甲高い音だけが、頭蓋の内側でいつまでも、いつまでも響いていた。
スローモーションのように、フィーリアがリアンの元へ向かう背中が見える。
自分に向けられる、周囲の生徒たちの、驚き、嘲笑、憐れみ、好奇心――それら無数の視線が、無数の熱い針となって、彼の全身に突き刺さる。
耳元で、幻聴のように、他の生徒たちのひそひそ笑う声が聞こえた。
『カイ様が、振られた…?』
『相手は、あのアークライトの出来損ない…?』
頬が、屈辱で燃えるように熱い。差し出したままの自分の手が、行き場をなくして、わなわなと震えている。
拒絶された? この僕が? なぜ? どうして? 才能も、努力も、家柄も、全て僕が上のはずだ。なのに、なぜ、あの男なのだ…!
信じられないという驚愕は、やがて沸騰するような怒りへ、そして全てを失ったかのような、冷たい、冷たい絶望へと変わっていった。
その、感情が空っぽになった心の隙間に、深淵からの声が、もはや抗いがたい運命の宣告のように、明確に、優しく響いた。
『見ろ。世界はお前を認めない。お前の価値を理解しない。ならば、世界そのものを、お前のためのものに変えてしまえ。お前こそが、王なのだから…』
カイは、憎悪に燃える瞳で、これから手を取り合おうとするリアンとフィーリアの背中を、ひたすらに睨みつけていた。
そして、彼は静かに踵を返し、祝福の光が届かない、学園の最も深い闇――魔王が眠る、封印の祭壇へと、狂ったように走り出した。
アレスは回廊の柱の陰から、その全てを見ていた。
地上で繰り広げられる、幸福なワルツの旋律と、生徒たちの楽しげな笑い声。それは、分厚いガラスを隔てたかのように、現実感を失い、ただの背景音として彼の耳を通り過ぎていく。
アレスの視線は、ただ一点。祝福の光から逃げるように、学園の最も深い闇へと、その身を投じる一人の少年――カイ・ヴォルファードの、その絶望に染まった背中だけを、冷徹なまでの観察眼で追っていた。
(行け、カイ・ヴォルファード)
彼は音もなく、その後を追う。地下へと続く、冷たく、湿った石の階段。地上とは別世界の、カビと淀んだ空気の匂いが、俺の黒衣を重く濡らしていく。
先を走るカイの、荒々しく不規則な足音が、静寂な回廊に響き渡っていた。それは、もはや歩みではない。破滅へと向かう、魂の疾走だった。
(分かるさ、カイ。お前のその痛みは、俺が一番よく知っている)
俺の脳裏に、惨めだった過去の自分の姿が蘇る。
誰にも認められず、ただ一人、自分の価値を証明しようともがき、苦しんだ、あの孤独な日々。カイ、お前もまた、同じなのだ。その高いプライドと、類稀なる才能の鎧の下で、お前の魂は、承認という名の温もりを求めてずっと凍えていた。
その心の隙間に、祭壇から漏れ出す魔王の「脈動」が、甘美な共鳴となって響いているのが、アレスには分かった。
カイの放つ、屈辱と憎悪の入り混じった、獣のようなエーテルの匂い。それは魔王にとって、極上の餌食だ。
(そして、そのお前の魂を、俺は今から、俺の目的のために利用する)
彼は、自分の心の奥底から湧き上がる、冷たい自己嫌悪を感じていた。
フィーリアを救う。リアンを英雄にする。そのたった一つの義のためならば、俺は、お前という一人の人間の未来を、躊躇なく踏み潰すのだ。
なあ、カイ。俺は、一体、魔王と何が違うのだろうな。
(だが、それでも、感謝している)
俺は、闇の中で、皮肉な笑みを浮かべた。
(ありがとう、カイ・ヴォルファード。お前のその完璧なまでのプライドと、どうしようもないほどの愚かさが、俺の計画を完成させてくれるのだから)
ついに、カイは最深部のドームへとたどり着いた。
彼の前に、禍々しい封印の術式に覆われた巨大な祭壇が、その姿を現す。
彼は何かに導かれるように、祭壇の中心にある、封印の要――巨大な魔力結晶へと、その手を伸ばした。
「砕けろォォォォォッ!!」
彼の絶叫が、地下空間に響き渡る。
彼が、その憎悪の全てをエーテルに変え、魔力結晶に叩きつけようとした、その瞬間。
アレスは、彼の背後に、音もなく立っていた。
「――お前の役目は、ここまでだ。カイ・ヴォルファード」
カイが、驚愕に目を見開き、振り返る暇もなく。
アレスの手刀が、彼の首筋に、寸分の狂いもなく精確に叩き込まれた。
「がっ…」
カイは白目を剥くと、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
アレスは、その身体を舞台の小道具でも配置するように、祭壇の隅へと転がした。気絶した彼は異常なほど熱く、魔王の囁きに、その魂が半分喰われかけていたことを物語っていた。
(眠れ、カイ・ヴォルファード。お前が演じるはずだった悲劇の役は、この俺が引き受けよう。そして、お前が犯すはずだった罪は、未来の英雄が、その手で贖うことになるだろう)
アレスはカイから視線を外すと、今度は、地上にいるリアンたちに向けて、思考伝達の魔法を編み始めた。
その術式は、学園長の魔力パターンを完璧に模倣した、偽りの鍵。
この鍵が、主役たちをこの最後の舞台へと導くのだ。
『緊急事態だ。カイが封印の祭壇で暴走している。聖剣士科、神聖騎士科、魔獣狩猟科、魔導科の成績上位者――リアン、フィーリア、レオ、リナは、直ちに地下祭壇へ向かえ』
そして、俺は、祭壇の魔力結晶に、そっと触れた。
ピシリ、と。
俺の意志に応えるように、その表面にごく僅かな、しかし致命的な亀裂が走る。
禍々しい魔力が、解放の時を待ちわびるように、唸りを上げた。
(さあ、主役たちよ、舞台へ上がれ)
アレスは祭壇の前に一人立ち、これからやって来る、過去の自分と愛する少女を待つ。
(お前たちのために、最高の舞台を用意した。絶望と、希望と、ほんの僅かな奇跡が待つ、最後の舞台だ)
(始めようか、リアン)
(お前のための、最後の特訓を)
「――緊急事態だ。カイが封印の祭壇で暴走している。聖剣士科、神聖騎士科、魔獣狩猟科、魔導科の成績上位者――リアン、フィーリア、レオ、リナは、直ちに地下祭壇へ向かえ」
学園長のものと思われるその思考伝達は、祝福のワルツに酔いしれていたリアンたちの脳内に、警告音のように直接、響き渡った。
幸福な空気は、一瞬で引き裂かれる。
「カイが、暴走…?」
「地下祭壇で…まさか!」
四人は、顔を見合わせた。そこに、先程までの華やいだ表情はない。あるのは、困惑と、焦燥と、これから起こるであろう最悪の事態への、戦士としての覚悟だけだった。
彼らは、他の生徒たちを避けるようにパーティ会場を抜け出し、学園の最も深い場所へと続く、長い石の階段を駆け下りていった。
遠ざかっていくワルツの旋律。代わりに響き始めるのは、自分の心臓の音と、仲間たちの荒い息遣い。階段を下りるごとに、ひやりとした湿った空気が、汗ばんだ肌にまとわりついてくる。カビと、古い石の匂い。そして、祭壇に近づくにつれて、鼻腔の奥を、そして魂そのものを直接刺激するような、禍々しい魔力の異臭が、密度を増していった。
リアンは、フィーリアの手を固く握りしめていた。さっきまでの、ダンスのための温かい感触とは違う。彼女を守るための、決して離さないという、誓いの感触だ。
(カイ…一体、どうして…)
模擬戦での、あの屈辱に満ちた顔が、脳裏をよぎる。自分の勝利が、彼をここまで追い詰めてしまったというのか。
フィーリアは、蒼白な顔で、それでもリアンの手を強く握り返していた。彼女は、カイの暴走よりも、この地下祭壇から感じる、禁書庫で知った「世界の真実」と同質の禍々しい気配に、誰よりも早く気付いていた。彼女の瞳には、リアンを守るという、揺るぎない覚悟の光が宿っていた。
長い階段を下りきった先。
四人は、目の前の光景に、息を呑んだ。
松明の光に照らされた、広大な地下ドーム。中央には、黒曜石を切り出したかのような巨大な祭壇が鎮座し、そこから黒い霧のような魔力が、まるで生き物のように、ゆっくりと溢れ出している。
その祭壇の隅には、カイが倒れていた。ぴくりとも動かない。
「カイ! てめえ、何しやがった!」
レオが叫ぶが、返事はない。
そして、彼らは気付いた。
祭壇の前に静かに佇む、一人の男の存在に。
闇よりもなお深い、黒衣のシルエット。
「アレス…!」
リアンが、驚愕の声を上げる。
「なぜ、あんたがここに…!」
アレスは、ゆっくりと彼らに向き直った。そのフードの奥の翠色の瞳は、氷のように冷たく、全ての感情を拒絶している。
「カイは、自らの心の闇に喰われた。そして、その闇が、この檻の錠を壊しかけている」
彼は、祭壇の、禍々しい光を放つ魔力結晶を指さした。確かに、そこには致命的な亀裂が走っていた。そこからは、もはや隠しきれないほどの、純粋な魔王の気配が、濃密な死の匂いとなって、溢れ出していた。
アレスは、続ける。その声は静かだが、この広大な地下空間の隅々まで、支配者のように響き渡った。
「だが、これは好機だ」
「何…?」
「お前たちが、本物の『恐怖』を知り、それを乗り越えるための、またとない機会。そして…」
アレスの視線が、リアンを、真っ直ぐに射抜いた。
「リアン・アークライト。お前が、勇者の血筋に生まれた意味を、その魂で証明するための、最後の舞台だ」
彼はリアンたちの返事を待たずに、祭壇の魔力結晶に、自らの手を置いた。
(すまない、アルトリウス。あなたの遺した封印を、この手で破ることを許してくれ)
アレスは、心の中で、遠い祖先に詫びた。
(全ては、この絶望の連鎖を、ここで断ち切るために…)
彼は、僅かながら、封印を意図的に緩めた。
ピキィィィィィッ!
クリスタルの亀裂が一気に広がり、そこから数百年分の憎悪を込めた黒い奔流が、絶叫と共に噴き出す。
それは、アレスが過去に目撃したような、世界そのものを飲み込む、不定形の「概念」ではなかった。封印はまだ完全には破られていない。だがそれでもなお、絶対的な絶望を体現するには、十分すぎる存在だった。
黒い霧が、気絶したカイから漏れ出す憎悪のオーラと、この地に満ちる濃密な魔力を喰らい、定まった一つの「形」を取り始める。
ギチギチと、骨が組み上がるような音。肉が形成される粘着質な音。
やがてそこに現れたのは、巨大ないくつもの腕を持つ、影の巨人のような姿だった。その頭部には、山羊のような捻れた角が生えている。
空間が、その存在の重さに耐えきれず、ギシギシと軋む音がする。
魂が、その絶対的なプレッシャーに、凍りつく。
これが、魔王。
これが、世界の終わり。
レオですら、その巨躯をわなわなと震わせ、リナは、魔法を構築するための詠唱すら、唇から紡ぐことができない。
フィーリアは、リアンの名を呼びながら、必死に、祈りを捧げるように、治癒魔法の光を灯した。
リアンは、その神話級の災厄を前に、身体が動かなかった。進級試験のゴーレムなど、赤子同然。アレスとの訓練ですら、遊びに等しい。
本物の「死」が、目の前にいた。
絶望には、匂いがある。
地下祭壇に満ちていたのは、硫黄と腐肉が混じったような、吐き気を催す瘴気だけではなかった。それは、恐怖に支配された人間の魂が発する、酸っぱい汗の匂い。希望が砕け散る、ガラスのような乾いた音。そして、自分の無力さを突きつけられた時の、口の中に広がる血の鉄の味。
リアンは、その全てを、今、この瞬間に味わっていた。
その、絶望に満ちた静寂を破ったのは、アレスの声だけだった。
「――怖気付いている暇はないぞ、未来の勇者たち」
彼の声だけが、この地獄の中で変わらぬ冷徹さを保っていた。
「特訓は、もう始まっている」
彼は、自らも剣を抜き放つと、その黒い疾風となって、魔王へと向かっていく。
リアンは仲間たちの絶望と、師の背中、そして眼前にそびえ立つ、絶対的な「死」の象徴を見て、自らの剣を、指が白くなるほど、強く、強く、握り締めた。
(やるしかない…!)
(ここで、俺が、みんなを、フィーリアを、守るんだ!)
彼の翠色の瞳に、恐怖を乗り越えた、決意の光が灯った。
最後の特訓が、今、始まる。
アレスは自ら黒い剣を抜き放つと、最初の疾風となって、魔王へと向かっていく。
その剣技は、神の領域だった。
リアンとの訓練で見せたものとは、次元が違う。一振りで空間そのものを断ち切るかのような「刻印剣」が、魔王の影の腕を、次々と斬り飛ばしていく。彼の周りだけ、世界の理が、かろうじて保たれているかのようだった。
しかし、魔王は「闇の概念」そのもの。
斬っても、払っても、その傷口から、より濃い闇が溢れ出し、瞬時に再生してしまう。
キィンと。魔王の、予測不能な軌道を描く一撃が、アレスの防御をかいくぐり、彼の肩を深く抉った。
「ぐっ…!」
アレスの口から、初めて、苦悶の呻きが漏れる。彼の仮初めの器が、この規格外の戦闘の負荷に耐えきれず、軋みを上げ始めているのだ。その肩口から、血の代わりに、淡い光の粒子が、霧のように漏れ出していた。
その光景が、凍りついていた仲間たちの魂に、火を灯した。
最初に動いたのは、レオだった。
「てめえええええええッ!何しやがる!!」
恐怖を怒りで塗りつぶし、彼は咆哮する獅子のように、魔王へと突進した。その両の拳には、仲間を守りたいという一心で、これまでになく強大で、そして温かい、大地の闘気が黄金に輝いていた。
「馬鹿! 死にたいの!?」
リナが叫ぶ。だがその声は、もはや制止ではなかった。友を見捨てることなど、できるはずがない。
「お願い、力を貸して! あの馬鹿を、私たちの仲間を、死なせたくない!」
彼女の悲痛な祈りに、魔王の瘴気に怯えていた風と水の精霊たちが、呼応する。彼女の周りに、青と緑の優しい光の渦が巻き起こった。
その時、祭壇の隅で倒れていたカイが、ふらつきながらも、その身を起こした。
彼は、目の前の光景を見ていた。自分が解き放ってしまった、絶対的な絶望。そして、それに対して、自分が見下していたはずの者たちが、文字通り命を懸けて立ち向かっている。
「…僕の、せいだ…」
その唇から、後悔の言葉が漏れる。
「僕が、こんなことを…」
彼は、贖罪で震える手で、傍らに転がっていた自らのの剣を拾い上げた。
リアンはその全ての光景を、目に焼き付けていた。
仲間たちの覚悟。ライバルの悔恨。
そして彼のすぐそばで、フィーリアが、祈りを捧げている。
「リアン! あなたなら、できる!」
彼女は、もう泣いてはいなかった。その青い瞳には、絶対的な信頼の光だけが宿っている。
「私が、あなたの盾になります! あなたの剣になります! だから、お願い…!」
そうだ。俺は、もう、独りじゃない。
アレスの言葉が、脳裏をよぎる。
『お前のその剣は、誰か一人のために振るうことはできないのか?』
違う。
違うんだ、アレス。
俺のこの剣は、一人だけのためじゃない。
フィーリアを、レオを、リナを、そして、あの愚かなカイさえも。
俺の大切な、この世界、その全てを守るために、振るうんだ!
リアンは、全ての迷いを振り払った。
彼は、仲間たちが稼いでくれた、ほんの僅かな時間の中を、一直線に祭壇へと走る。
そして、そこに突き立てられた、聖剣「ソウル・ケージ」の柄を、その両手で強く、強く、握り締めた。
その瞬間、聖剣はまばゆい翠色の光を放った。
それは、リアンの魂の色。
拒絶はない。彼の仲間を想う純粋な魂と、アレスによって鍛え上げられた強靭な精神を、聖剣はこの時代の、唯一無二の「正当な主」として、受け入れたのだ。
彼の脳裏に、創始者アルトリウスの遠い記憶と、フィーリアの温かい想いが、奔流となって流れ込んでくる。
「リアン! 今だ! それを抜け!」
深手を負ったアレスが、叫ぶ。
リアンは、頷いた。
彼は聖剣を、大地から天へと、引き抜いた。
世界が、光で満たされた。
アレスはその光景を、満足げに、そして、どこか寂しげに見つめていた。
(そうだ、リアン。お前は、一人じゃない…)
彼は、黒い剣を構え直し、聖剣の光を浴びて覚醒したリアンの、その背中へと並び立った。
過去と未来。
二人のリアンが、初めて、そして最後に、その背中を合わせる。
「準備はいいか、リアン」
アレスが、悪戯っぽく笑った。
「ああ。最高の気分だぜ、アレス」
リアンも、不敵な笑みを返した。
二人は魔王へと向かって、同時に駆け出す。
レオの拳が大地を割り、リナの精霊が空を縛り、カイの闇の魔法が魔王の再生を阻害し、フィーリアの神聖な光が、その全てを包み込む。
そして、過去と未来、二人の勇者の剣が、一つの暁の光となって、魔王の心臓へと迫っていく。
最後の戦いの火蓋が、今、切って落とされた。