68:雪中行軍
「おはよう。よく眠れたかしら?」
朝になって目を開けるとコーリーがいい笑顔で挨拶してきた。
「顔が近い。まあ雪に埋もれているにしては休めたな」
保温のためとはいえ雪に掘った2人分には狭いぐらいの穴に密着しているのでいろいろ動きづらい。コーリー所有の防水・断熱シートと発熱する魔道具が優秀なおかげで雪の中とは思えないほどであったので文句は言いづらいが。
「風もゆるくなってるみたいだし起きて食事にしましょう。上、開けてくれる?」
そう言われて体の上に被ったシートを積もった雪ごとめくりあげると穴に冷気が吹き込んでくる。
「さすがに着込んでいても外気は冷たいな」
ぼやきながら穴から這い出て準備をする。浅く雪を掘って固めてカマドの形にし、下には枝を重ねて雪から浮かせた上に薪を乗せて、コーリーが魔法で着火。余り大きな火は周りの雪も溶けてしまうので今は小さめの焚き火で薬缶に雪を入れて火にかけて溶かし、2人分のお茶だけ用意して、干し肉と堅パンをかじって温かいお茶で流し込む。
「なんだか変わった味のお茶だな」
「体を温める作用がある薬草茶よ。少しは寒さに効くはずだから」
「それはありがたいな。この服も温かいが顔は出ているし」
「着込みすぎてあんまり動きにくくなるのは問題だからね」
「なら発熱する魔道具も貸してほしいな。女性の方が寒さに強いんじゃなかったか」
「女の子に冷えは大敵なのよ」
他愛ない話をしながら朝食を終えて跡を片付けて出発する。フィンがつけていた目印をたどり、時に急斜面ではコーリーに手を貸しつつしばらく進んでいるとコーリーが警告を発してきた。
「ちょっと面倒になりそうね。雪熊らしいのが近づいてるわ」
「雪熊?」
「この地域について調べた文献の中にあったわ。普通の熊が冬眠する冬場に特化した熊なの。全身が真っ白で普通の熊よりは小柄だけど、食料が少ない代わりに魔力も使って身体を維持しているから力は普通の熊と同等でおまけに魔法も効きにくいっていう面倒な相手よ」
「コーリーの魔法でもキツイのか?」
「チャックを巻き込んで大火力の魔法使ってもいいんならたぶん楽勝なんだけど」
「……回避はできないのか?」
「さすがに雪山だとあっちのほうが動きでは有利ね。好んで人を襲うわけじゃないけど動物はより好みしないし」
「まあそうなるか。で、どうする?」
「チャックに強化魔法かけるから直接攻撃でお願いね。防御も攻撃も上げるから」
「俺は本来は後衛なんだがな。まあコーリーがそれでいいっていうならなんとかなるんだろう。よろしく頼む」
荷物を預けて身軽になり、両腰から短剣とナイフを抜く。
「あら、二刀流なの? 珍しいわね」
「ナイフは基本的に防御用だ。伝令人をやってると盾も荷物になるんでな」
「それじゃあこっちは防御力強化のほうがいいのかしら。ナイフに防御力強化ってやったこと無いんだけど」
コーリーはそう言いながらもいくつかの魔法を使っていく。
「はい、これで滅多なことでは怪我しないし刃も通るはずよ。でも体勢を崩されたりはするから気をつけて」
「わかった。気をつける」
そう返して強化された筋力や速度に振り回されないよう軽く素振りをして動きを確認してみる。
「そろそろ見えてくるわよ。上の方」
探知の魔法を使っていたコーリーが警告を出すとその通りすぐに小型の白い熊が姿を表した。向こうも視認したか、まっすぐ俺の方へ落ちるように向かって来る。
「おいおい、弱そうな方を先に襲うもんじゃないのか」
「一応魔獣だし魔力の差を感じてるんじゃないかしら。ともかく頼んだわよ」
コーリーと会話しているうちにも目前まで迫っていた雪熊がほぼ正面から腕を振り上げて突進してくるのをギリギリの横移動と左手のナイフでの受け流しで躱す。雪熊はそのまま下に落ちていったが少し下で踏みとどまって再びこちらへと向かってくる。だが今度は登りになるので先程ほどの速度はないので余裕を持って牽制できる。
「援護するわよ」
コーリーがそう言って火球を飛ばしてきた。雪熊はそれを身体に受けるがダメージが入った様子はない。魔法に強いというのは確かなようだ。しかし気にならないということは無いようでコーリーの方に首を向けた。コーリーがそこへもう一発の火球を飛ばしたのを雪熊は片手で振り払う。それに合わせて踏み込んだ俺の短剣は雪熊の喉元を切り裂いた。そこまでいけばもうあとは苦戦することもなく、流血して弱っていく雪熊にとどめを刺すまでにはさほどの時間はかからなかった。
「結構できるじゃない。その短剣も結構いいものよね」
せっかくの獲物なので可能な限り持っていこうと解体しているとコーリーが話しかけてくる。
「ああ。ちょっと縁があってドウチの村で親方をやってるパウルってドワーフに作ってもらった。短剣を作るのは久しぶりだっていってたぞ」
「ああ、わざわざドワーフに頼みに行く人って専業剣士がほとんどだから長剣が多いのね。だから気合が入った作りなんだ。そのナイフもそうなの?」
「こっちはその前に作ってもらったオトヤに住む弟子の作だ。これを見て弟子に負けられるかというのでも気合が入ったらしい」
「ドワーフの職人は頑固だものね」
そうして雪熊の解体処理して持ち帰るものを選別し終わると目的の洞窟までの移動を再開した。
これを書いているのは雪の選挙戦の日であった。




