65:植生調査
「今日から本宅に泊まってほしいんだけど」
品切れとなっていた雪割草を自力で採取しようというコーリーの資料調査のため彼女の隠れ家に戻るとそんな事を言いだした。
「いつものように客用の離れじゃダメなのか?」
「一緒にいてほしいの。だってそうじゃないとわたし……絶対目的を忘れて余計なこと調べだすから。調べてる間にときどきお茶とか食事とかで呼んでほしいの」
「それはつまり調べてる間の食事とかは俺に作れって言いたいんだな」
「うん、それもあるわ。わたし、調べ物を始めると割と食事とかも抜いちゃうし。今回は調べたあとに自分で採りに行くから体調崩すわけにはいかないの」
そう言われると理屈は通っている気がする。
「わかった。食事も引き受けるがあんまり期待するなよ。俺の料理は冒険者向けだからな」
「わたしが一人で籠もってるときの食事より悪いってことはないから大丈夫よ。たぶん」
「まあ構わないんならそれでいい。それで、あとの時間は自由にしてていいのか」
「そうね、たぶん行き先は寒いところで雪もあるかもしれないからそういう準備お願いしてもいいかしら。倉庫と衣類収納も入っていいからわたしの分も一緒に出しておいて。昔の仲間向けに揃えた装備もあったはずだからチャックに合うのもあると思うわ」
「わかった。ただ魔法の付与された道具とかは俺にはわからんからな。使えそうな魔道具があるようならそれは教えてくれ。普通の雪山装備なら見ればわかるだろう」
◆ーー◆ーー◆
「コーリー、起きてるか。朝メシができたぞ」
隠れ家に帰っての翌朝、朝食の用意をしてからコーリーの寝室をノックして声を掛ける。
「おはよー。もう朝なの」
寝室ではなく後ろの扉が開いてコーリーが顔を出した。
「一晩中書庫に籠もってたのか。冬山に備えて体調管理をするんじゃなかったのか」
「調べ物してると関連して確認したいことが出てくるのよね。研究者ならよくあることよ」
「なるほど、で、どんな事を調べてたんだ」
そう問いかけるとコーリーがフイと目を逸らしてぼそっと言った。
「……今調べてたのは馬上で使う短弓についてね」
俺もちょっと言葉に詰まる。
「……雪割草について調べていたと思ったがなぜそうなる?」
「えっと、雪割草といえば雪山じゃない。それを調べていたら遭難事故の情報が入ってきて、遭難中に熊に襲われた人の手記が出てきて、熊について調べだしたら一部地域に白黒熊っていうのがいるってあって、その国についての文献読んだら西方の騎馬民族が建国した王朝で、彼らの主戦力が騎馬の弓兵だって書いてあって、ってとこでチャックに呼ばれたのよ」
「なるほど、俺の予想していた以上の脱線っぷりだった。できるだけこまめに声掛けすることにしよう」
「前にも言ったけどあらためてお願いするわ。じゃあ朝食にしましょうか。なに作ってくれたの」
「練った小麦粉を焼いた平焼きパンに野菜と干し肉のスープだ。ちょっと余裕があるときの冒険者の野営では定番だな」
「パンの在庫はまだあったと思うけどわざわざ焼いたの? 凝ってるわね」
コーリーが食べながらいう。
「冬山に行くんなら保存が効くパンはそっちに持っていくほうがいいと思ってな。あれ普通のパンに見えるが日持ちが良いやつだろ」
「まあ材料の配合と焼き方の他に魔法的にもちょっと手をかけて半月ほどなら保つように作ってるわね」
「半月とはすごいな。保存用の堅パン並みじゃないか。これがあると助かるな」
「だったらもう少し作っておく?」
「いや、さすがに全部をあれにするとかさばりすぎるから今回は今ある分でいい。コーリーは調査の方を優先してくれ。俺もこの仕事は早めに済ませたいからな」
「わかったわ。じゃあ引き続き準備のほうお願いするわね」
そうして朝食を終えて引き続きコーリーの調査の間に準備をしていたのであるが。
「そろそろ休憩したらどうだ。お茶が用意してあるぞ」
「あ、うん、そうね。休憩ね」
「なぜ目をそらす。今なにを調べてた?」
「今はちょっとこの国で採れる魚についてを……」
「お茶が終わったら雪割草の調査に戻ろうな」
といった感じで始終脱線するので様子を見る頻度がどんどん上がって最後にはほとんどつきっきりで見張る羽目になったし、
「体調管理のために夜は寝ろと言ってるだろう」
「夜のほうが集中できるのよー」
「冬山で夜間行動するのは危険すぎるから今から慣らしておけ。あんまり遅いようだとベッドに放り込むぞ」
といった調子で夜にも油断ができなかった。
そして三日ほど調査をした結果、
「雪割草っていうけど雪の中じゃなくても十分に温度が低くてある程度の湿度がある場所なら生えるようね。このあたりの平地だとなかなか条件満たせないけど」
「この近くだとどのへんにありそうなんだ?」
「正直なところいうとこの条件だけで絞り込むのはちょっと無理ね。だから最後の手段を使いましょう」
「というと?」
「店の人に仕入先を聞いてその人から生息地を教えてもらいましょう」
「なあ、最初からそれで良かったんじゃないか?」
「俺がコーリーの分も準備するのはいいが、着替えとかも用意するのか?」
「んー、まあ冬山装備だし自分で選ぶわ。さすがに他人任せにはできないし」
「俺も女物を準備するのはちょっときついし自分でやってもらうと助かる」
「そうねえ、今度下着でも選んでもらおうかしら」




