57:焼肉三昧
「うわあ、すごい平原ですね」
アラエを出てから街道を半日ほど歩き、林を抜けたあたりで受付嬢のゼナが感嘆の声を上げた。視界の先にはほとんど何も障害物のない平原が広がっている。
「ほんと、こんな遠くまで見えるのは海みたいだわ」
港町ヤコウ出身のウーラも感心している。
「ラバーの周辺は馬のみならず牧畜が盛んな地域ですからな。このあたりからもう牧草を育てている畑でしょうな」
解説してくれるのは魔法使いでもある事務員のブライスである。やはり魔法使いは知識が豊富だ。
「牧草畑というには草があまり生えてないな。ほとんどは短い草じゃないか」
「それはそうでしょう。もう秋も終わりなんですから。農作物だってほとんど収穫し終わってるんですから牧草だって同じですよ」
俺が疑問を呈したのに答えてくれたのはゼナだった。
「へえ、ゼナってそういうことにも詳しいんだっけ」
訪ねているのはこの道中にも随分仲良くなったウーラ。もともと社交性が高いがその能力は十分に発揮されている。
「私の実家は小さいけれど牛を育てていましたから。家は兄が継ぐことになっているので私は街で仕事を探したんですよ」
「そうだったんだ。じゃあ、あのところどころにある小さい塔みたいな建物ってなんだか知ってたりするの?」
「あれは牧草を貯めておく『サイロ』っていうものですね。刈った牧草をあそこに詰めておくと、ただ枯れ草になるんじゃなくていい感じに動物が食べられるようになるんですよ」
「いってみれば牧草の漬物みたいなものですな。ちゃんとできたものなら甘酸っぱいようないい香りがしているそうで」
「なるほど、漬物のように保存が効くようになるわけか。でもギルドとかの厩だと冬は普通の干し草だろう?」
二人の説明に俺も感心しながらも新たな疑問が出てくる。
「街だと野菜くずとかも出ますしね。飼育する数が増えると干し草だけじゃ元気に育ってくれないんですよ」
ゼナの説明に再び感心する。そんな話をしながら歩いているとやがて日も傾いてきて集落が見えてきた。街というよりは大きな村という感じだ。
「あれがラバーの街ですね。土地に余裕があるので建物の間も広いし大抵は平屋建てだそうですよ。名物はやはりお肉ということです」
「なるほど、高い建物がないからちょっと街という印象が薄かったのか」
ゼナの説明で俺も納得する。
「さて、街に入る前にちょっとだけご注意を。先程もお伝えしましたようにラバーの街はお肉が名物です。よく食べられている牛や豚に鶏、羊もありますしちょっと珍しいヤギ肉なども割と食べられています。普通に食べられているお肉ならほとんど揃うでしょう」
いよいよ街が近づいてくるとゼナが真面目な顔になって話しだした。
「ですがこのあたりでは馬を大切にしている人がとても多いです。間違っても馬肉が食べたいなどとは言い出さないようにお願いしますね。下手すると喧嘩になりますから」
「ふむ、確かにラバーでは馬を家族同様に暮らしている人が多いと聞きますからな。気をつけるとしましょう」
ブライスがそういうのに俺とウーラも一緒に頷く。
「ご理解いただいて助かります。では今日の夕食はいろいろなお肉が食べられるお店にしましょうね。道中の一箇所は調査のためギルドの予算で食べてもいいってことになっているんです」
ゼナの言葉には私情が混じっているような気は大いにしたが同行している全員異論はなかった。もちろん本番の職員旅行でもここが気になる連中が多いであろうから問題はないはずだ。多分。
◆ーー◆ーー◆
「うん、やっぱり私は牛が好きですね。厚めのお肉をじっくり焼いて甘辛いタレに浸けていただくのが最高です」
「あたしは食べ慣れてる豚がいいな。ヤコウは海のものが多いんだけど狭くても飼いやすい豚が多くて」
「私も地元で食べていた羊肉が久しぶりに食べられて満足です。匂いが気になるという人もいますがこれが私の食べ慣れた味なんですよねえ」
「今まで食べたことなかったが俺はヤギ肉も気に入ったぞ。羊肉とも似ているがもっと野性味が強い感じだ」
ラバーの冒険者ギルドで情報収集したゼナが選んだ焼肉のお店でテーブルに埋め込まれた焼き網を囲んで食べ比べセット四人前をつつきながらそれぞれに感想を述べる。
「ねえ、焼肉にお酒が合うかどうかも確認したほうがいいんじゃない?」
酒好きのウーラがゼナの方を見ながら問いかける。なおテーブルは円形で男女交互に着席している。
「まあ一理ありますね。でも一応仕事ですから一杯だけですよ」
「やったー。すいませーん、エールをマスジョッキでお願いしまーす」
ウーラは許可が出た途端に一番大きなジョッキで注文する。
「俺もエールを。中ジョッキで頼む」
「では私は蒸留酒をお願いしますかな」
俺とブライスも一杯だけ注文した。給仕娘はゼナの方を見る。
「……赤葡萄酒をグラスで」
結局全員一杯注文した。なお食後、ウーラは足取りは怪しかったが俺が肩を貸してなんとか自力で歩き、ゼナは一杯で潰れてブライスに背負われていた。酒には弱かったようだ。
今までほとんど描写していなかったけどこの世界にも四季はあります。物語開始視点で春、ドワーフの里へ向かう頃から夏、迷宮行きの頃から秋です。結構長く続けられたので季節が変わらないのも変だなと設定したから夏の描写があまりないけど。この章が終わったら多分冬になる。




