4:現場研修
2025/03/19 0:55 誤字修正
「街道沿いにだいたい同じ距離でこういう樹が植えてありますよねー」
伝令人の先輩として俺にレクチャーしてくれているネイが大きな樹を指さして話しかけてきた。
「ああ。冒険者としての移動中にも木陰で休憩するのによく使っていた」
そういう樹の周りは草も刈られていてある程度見通せる広場になっている。不意打ちを食らいにくくするためで、移動途中に草などが伸びすぎていたら刈っておくのも冒険者のマナーになっている。
「ときどきその樹からちょっと離れた場所にこういう枕ぐらいの石が置いてあるのに気がついていましたかー?」
ネイが石を指さして問いかけてくるが、特に気にしたことはなかった。たしかに腰掛けるのにちょうどいい石があったりした気はするが。
「これ、近くで食料調達ができるかもって印なんですよー。一個なら水場、二個なら木の実や食べられる草、三個なら狩りがしやすい場所。樹からの方向と距離でだいたいの位置がわかるんですー」
「へえ、そうだったのか。でもそんなことは聞いたことがなかったな」
「取り尽くされると困るから伝令人同士の秘密なんですよー。伝令人は身軽でいたいから現地調達する人も多いんですー。チャックさんも他の人には言わないようにしてくださいねー」
「ああ、支給の携帯食料はあまり美味しくないからな」
伝令人特典の支給食料を先ほどの休憩時間にかじってみたが、さすがタダで支給されるというものだった。安い肉を思いっきり濃く塩漬けにしてから乾燥させた干し肉や歯が立たないぐらいカチカチの堅パン。虫がわいていないのは幸いだがむしろ虫すら敬遠するレベルというか。
「ここの近くには水場と木の実か何かがあるようですねー。ちょっと探してみましょうかー」
そういうとネイは広場を外れて林の中に入っていくので俺も後を追う。
「樹から石までの距離からするとだいたいこのあたり……ああ、これですかねー」
ネイが指さす先には大ぶりのドングリをつけた樹があった。
「木の実って果物とかじゃないのか?」
「柔らかくて美味しいものは鳥さんとかが食べちゃいますからねー。こういう固いカラのついた木の実が普通ですよ-」
そりゃそうだ。納得した俺とネイはドングリを数個ずつ獲って、ついでに水も汲んで広場に戻る。
「こうして縦にナイフ入れるとカラが綺麗に割れますからー。中身を潰して一度茹でてお湯を捨てるとアクが抜けて食べられるんですよー」
ネイがてきぱきと調理していく。意外といっては失礼だが頼りになる感じだ。出来上がった茹でドングリを食べながら雑談をする。
「ここの近くには狩り場はなかったけど、チャックさんは狩りは得意ですかー?」
「うーん、短弓とかならそれなりに使えるが魔物相手が多くて狩りはあまりしてないな」
「そうなんですかー。でも短弓が使えるんなら狩りも覚えるといいかもしれませんねー。小動物や鳥を一匹ずつぐらいなら猟師組合も文句言いませんからー」
「それじゃあもし大物を狩れたら文句言われるのか?」
「普通は大物狙わないからめったにないけど見つかったら文句言われますねー。そういう時はお肉の半分と毛皮や牙みたいな素材を渡すのが相場ですねー」
そんなことを話しているうちに食後のお茶も終わった。
「そろそろ出発しましょうかー。クオウの村まであと少しですよー」
◆ーー◆ーー◆
朝に街を出て隣のクオウ村へ到着したのは夕刻になった頃だった。まあだいたいこのあたりだと隣の村や街までは一日程度の行程が普通である。
「こんにちはー。オトヤからの伝令人ですー」
ネイは村長の屋敷に向かい声をかけた。ここにはギルドの支部はないが村長の屋敷が出張所として使われているそうだ。なお出張所の所員は村長自身がただ一人である。クオウ村はギルド支部のあるオトヤの隣りだが、冒険者は中央よりではなく外側へ向かうことが多く俺は今回がはじめてだ。
「やあ、今月も定期報告かい。今日は一人じゃないんだね」
村長は壮年のにこやかな男性だった。結構しっかりした体格をしている。
「そうなんですー。この先のマイケの街まで臨時便がでたのでこちらのチャックさんと同行して来たんですよー」
「そうなんだね。ではネイさんもマイケまで?」
「いえ、わたしはいつも通りここから返信を持って戻りますー。ここから先はチャックさん一人で」
「へえ、一人じゃ大変だね。結構ベテランなのかい」
「チャックさんは3年ぐらいの経験者ですよー」
冒険者経験はそのぐらいだが伝令人としては今回初仕事なんだがな。まあ頼りなく見えるよりはいいだろう。
「じゃあ安心かな。今日も食事と部屋は使うかい?」
「はい、お願いしますー。それじゃあチャックさん、お部屋に行きましょう」
そういうとネイは鍵を受け取り屋敷の外に出た。そのままぐるりと屋敷の裏に回り、鍵で扉を開けると階段を上る。その先は三段の寝台が左右にある部屋になっていた。
「こちらが伝令人用の部屋ですー。狭いですけど安心して休めますよー」
「それはありがたいが同室でもかまわんのか?」
「無理矢理襲ってくるようならギルドに報告すれば除名処分ですよー。あと、この部屋の板一枚向こうは使用人室ですからすぐバレますよー」
釘を刺された。
「落ち着かないようなら馬小屋とかも借りられますよー。天気がよければ中庭で野宿でもー」
俺は馬小屋で寝た。