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36:大樹登攀

 ベヤ湖からダバシの村で一泊し、次のヤドーへと向かう街道脇にはちょっとした名物があった。


「あれが噂に聞くトリートの空中回廊ですかー」


 はじめて見たらしいネイが足を止めて見上げて感心している。


「生きた樹木を活用しているのはエルフの魔法だろうとかこんな大規模な工作はドワーフの仕事だろうとか、それこそ伝説の巨神によるただの気まぐれだったのではないかとかいろいろ噂されているが、結局は誰が作ったかわからないっていうのが今の結論らしい。近くで見てもたしかにどの技法とも言いがたかったな」


 ジョウの方は実際に近くで観察したことがあるようだ。


「ここから西へは街道沿いに村と街が二つ分、北東方面へは六つ分ほど続いているんだったな。こんなでかい樹が整然と並んでいるだけでも壮観だが、それを繋いで橋がかけられているのは何度見てもすごいな」


 俺も探索者であったときに通りすがりに見たことは何度かある。登ったことはないが試しに樹の周りを一周してみたら50歩ほど必要だった。樹の高さの方はだいたい人間の身長の60倍ぐらいということで、その下から三分の一ぐらいに樹の間をつなぐ橋が架かっている。ところどころには小さな村というぐらいの建物群もあるそうだ。


「通行は有料だが、登ってみないか? というか、俺が登ってみたいんでおごるからつきあってくれないか?」


 ジョウとネイにそう提案してみる。


「そうですねー。階段登るのは大変そうですが経験してみるのもいいかもしれませんね-」


「俺は余分な体力を使いたくないんだがな。一体なにがそんなに気になるんだ?」


「そりゃもちろんこの上にしかないという酒と食事だ。それと土産も買いたいな」


「メシは携帯食糧で一向にかまわん俺にはちょっと理解しがたいが、土産はレーナに買って帰るのもいいか。まあおごりなら付き合おう」


 二人の同意ももらったので全員分の料金を支払って階段へと向かう。


「まあわかっているとは思うが階段は長いからな。覚悟しとけよ」


 経験者のジョウが忠告してくれる。


「ジョウさんはあんまり気が向かない様子でしたけど空中回廊を通ったことがあるんですよねー?」


「まだ新人だったころに下の村から上に届ける仕事に同行してな。通行料は入口で払うだけだしそのまま回廊でしばらく仕事したんだ。ここで働いてる人間は回廊が自慢だからいろいろ話も聞かせてもらったぞ」


「ほう、それならいい店とかも知ってるのか?」


「いや、新人で金もなかったからな。安く食える店ならともかく高くていい店とかは知らんぞ」


 そんな会話をしながら樹を巻くように取り付けられた螺旋階段を上る。樹の側面に直接部材が打ち込まれているがこのぐらい大きな樹だとなんともないようだ。登り始めて少し経つと上方からカンカンと鐘の音が聞こえてきた。


「どうやら上から下りの人間が来るようだ。階段が広くなったらしばらく待つぞ」


 ジョウがそう教えてくれる。荷物を背負った人間が十分通れるほどには広い階段であるが人がすれ違うには少し厳しいため、途中に八個ほど広い待避所が作ってあって降りる合図が聞こえたら上る側が待つということだ。今聞こえたのは鐘二つなので下から二番目の待避所で鳴らされたからその下の待避所ですれ違いを待つことになる。


「待避所から出て登り始めてからすぐ上の鐘が聞こえたらどうするんだ?」


「出てすぐなら戻って待つし、降りる方も鐘を鳴らしてから少し待つという決まりだ。もともと一気に上るにはきついから休み休み行くのが普通だしな」


 俺たちが待避所で待っていると上から背負子を担いだ数人が降りてきた。軽く挨拶をしてすれ違う。


「意外に上下の行き来も多いんだな」


「上で採れたものを定期的に降ろすし、生活しようと思うとどうしても食糧が足りないんだ。水は雨水が枝や幹を伝ってくるのを溜めるので結構まかなえるが」


「へえ、そんな仕組みがあるんですねー」


「実は誰が作ったのかわからないらしいんだがな。いい感じに溝ができていて木の(うろ)に溜まるようになってるんだ」


「重たい水を運ばなくていいというのは助かるな」


 そんな話をしつつ上っていくが、途中休憩しながらでもだんだん口数が少なくなっていく。八つ目の待避所をでて最上部が見えてきたときは全員がほっとしていた。


「なんだか階段とは様子が違いますね-」


 最上部を見上げるネイがそう感想を漏らす。確かにかなりの違和感がある光景だ。


「気がついたか。回廊を支えている枝が同じ高さに何本もあるだろう。自然の生え方ではこうはならないらしい」


「これも例によって誰が作ったのかわからないのか?」


「そういうことだ。まあ仕組みとしては接ぎ木という手法をつかっているようで、幹に穴をあけて生きた木の枝を削って挿してうまくすると枯れずに一体化するというものらしい。小規模なものは実験でも成功しているんだが、あんな大きな枝を一体誰が穴開けて挿したかは謎ということだ」


「なるほど、だがここまでの階段はそうなっていないよな」


「元々は階段もついていなくて回廊だけが残っていたらしい。空を飛べる種族がいたんじゃないかともいわれているがその痕跡すら見つかっていないそうだ」


「まったく謎ばかりなんだな」


 そうして俺たちはようやく空中回廊の本体まで到着した。

樹は直径10mぐらい、高さ100mぐらいで回廊は高さ約30m、8階建てのビルぐらいの位置ということで。


途中で予定よりも長くなると見積もれたので逆に伸ばして樹を上るだけで一話に。残りを次回以降に回す。

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