35:上水源湖
ヤガサを出て谷間の緩い坂を登ること半日ばかりで谷を抜け、少し行ったところの街道沿いに設けられた広場まで進んだ。この広場からは脇道が出ていて珍しく案内板も立っている。
『ベヤ湖』
そう書かれた案内板の根元は石が数個まとめて積まれていた。どうやら水源だけでなく植物の採集も動物の狩りも可能らしい。
「俺は水を汲みに行きたいんだが、チャックたちはどうする?」
「湖があるなら俺も食料を調達したいな」
「ではわたしも木の実とか探しましょうかー」
ネイを一人おいていくつもりはなかったが全員一致で湖へと向かう。少々歩くと視界が開けて広大な水面が見えてきた。向こう岸はかろうじて見えるが人がいてもわからないだろうという距離がある。手前の湖岸では伝令人のバンダナを被った若い男が一人釣りをしていた。
「やあ、俺たちはオトヤからエイアンへの定期便だ。そちらはこのあたりの伝令人かい」
「ああ。僕はヤガサを拠点にしてる伝令人でウォルターっていうんだ。普段はダバシとの往復で定期便をやってるんだけど今日は仕事じゃなくて合間に食料調達に来たんだよ」
ジョウがいち早く声をかけたのに男が答える。
「わたしはネイっていいますー。彼はジョウでこっちがチャック。この近くの方でしたら食べられる植物もご存じですかー」
「ああ。ここに来る途中にも採ってきた。この葉っぱはちょっとアクが強いが一度茹でて水を捨てれば食える。ここから右手の近くにたくさんあったよ」
ウォルターはそう言って手元の袋から草の葉を取り出して見せてくる。
「ありがとうございますー。じゃあちょっと探してきますね-」
「俺は水を汲みたいんだが、この湖の水は飲めるのか?」
「飲めないことはないけど水草が多いからね。左に50歩ほどに沢があるからそっちの方がいいと思うよ」
「わかった。じゃあちょっと汲みに行ってくる」
ジョウもそう言ってこの場所を離れていった。俺もウォルターに話しかける。
「釣りに詳しいんなら教えてくれないか。一応釣り針と糸は用意したんだがあまりやったことがなくてな」
「ここなら魚も多いから初心者でもそんなに苦労しないと思うよ。エサはその辺の水辺の石をひっくり返すと出てくる虫がつかえるから。水面から草が出ているあたりが狙い目だね」
そう言うウォルターの横を見ると既に数匹の魚がカゴに入っている。
「なるほど、ありがとう」
いったん水辺を離れて近くの木から適当な枝を切り取って竿にして、石をひっくり返して釣り針に餌をつける。ウォルターから10歩ほど離れて陣取って言われたように水草のあたりを狙って釣り糸を垂らす。見よう見まねでちょいちょいと竿を揺すっていると100も数えないぐらいで手応えを感じた。
「お、かかったね。動きからすると大物じゃなさそうだが慌てずじっくり引くんだよ」
いつの間にか近づいていたウォルターの助言を聞きながらじっくり取り込む。
「不慣れにしてはいい感じだね。じゃあ僕はこのぐらいで引きあげるからがんばってね」
ウォルターは自分の獲物を下げて去って行った。俺の方は釣りを続けて次の一匹を釣ったあたりでジョウとネイが戻ってきた。
「おや、ウォルターさんはお帰りになったんですね-」
「チャックの方が釣りをしてるとは思わなかったな。準備してたのか?」
「以前海の方へ行ったときに目印は狩り場ではなく釣り場であることもあるって聞いてな。こっちに湖があるってことだったんで道具は買っておいた」
そんな話をしている間にももう一匹釣れた。これで一人一匹は確保できた。
「よし、魚はこれでいいだろう。あとはあの鳥も狩りたいな」
釣りをしているときから微妙に離れた水面を水鳥が泳いでいるのを見かけていた。俺は腰の小袋から携帯投石紐を取り出す。
「なんだそれは。見たことのない道具だな」
「ダンジョンを探索中に入手した素材を使って作ってもらった小石を飛ばす道具だ。魔術学校の教授が細工して撃ち出した弾にほんの少し魔力が乗る。前に言った幽霊にも効くかもしれないってのがこいつだ」
「それは魔法の武器なんですかー?」
「特別な効果はないが魔法でなきゃ対処できない相手にも効く、と思う。まだ幽霊相手に使ったことはないんだが」
「あの鳥は別に幽霊じゃないだろ」
「普通に小石をぶち当てる分のダメージは入るからな。鳥程度なら通用するのは確認済みだ」
あらかじめ用意していたちょうどいい大きさの小石を弾にして携帯投石紐に挟んで引き伸ばし、放つ。弾は数匹の集団で浮かんでいた鳥の一羽に命中しそいつは水に浮かんで残りは逃げ出した。
「お見事。で、あれはどう回収するんだ?」
「それについても考えてはいる。試すのははじめてだが」
さっきまで釣りをしていた釣り針と糸を竿から外し、軽く振り回して浮かんだ獲物に向かって放り投げる。なかなかうまく飛ばなかったが数回の試行でなんとか引っかけて回収する。
「なんとか回収もできたな。じゃあ広場に帰ってメシにするか」
その日の少し早めの夕食は一人一匹の焼き魚に鳥肉と野草の煮込みとなった。
「ここから出ていく川や水路は多くの村や街で利用されているんですよ-」
「へえ、そうなんだ」
「わたしの出身の村もここから引かれた水路が通ってるんですー。その水路を作った人は村では代々伝えられて崇められているんですよー」




