33:狩猟実習
三人で定期便としてオトヤを出発して次の村ユーガを目指しての移動中、二つ目の広場手前ぐらいで同行のジョウが違和感を口に出した。
「邪魔が入らないのはいいんだが、野犬の一匹も出てこないのはちょっと不気味じゃないか?」
たしかに朝に出発してからもう午後も結構な時間だが、ここまで一度も野生動物と遭遇していない。だがそれには心当たりがある。
「ああ、たぶん俺がいるからだな」
「なんだよ。チャックにビビって逃げていってるとでも言うのか?」
「まあそれで大きく間違いじゃない。知り合いの魔法使いのいうことには人間は誰でも魔力を持っているが、俺は普通よりも強めに魔力を出してるということでな。魔力に敏感な動物はそれを感じて避けているんじゃないかってことだ」
嘘は言っていないが、俺が気配感知をするのに意識して魔力を出していることは隠しておく。冒険者の多くは無意識に魔力を使っているがそれを意識すると逆に効率が落ちる者も多いというからだ。
「なるほど、それは少人数で伝令人をやるのには便利だな」
「欠点もあるぞ。狩りとかでは逆にこっそり近づくのが難しいんだ。だからその魔法使いに頼んで魔力を抑える方法を訓練してもらった」
これも嘘ではない。魔力を抑えるのは気配を消す感覚でもとからやってたらしいが、魔力を抑えつつ気配感知も行う方法は先日教わったところだ。
「短弓を持ってるのでそうかと思いましたが、チャックさんも狩りを始めたんですねー」
「ネイ先生のおすすめだったからな。たしかに狩りができると便利だったぞ」
同じく定期便同行者のネイが話してくるのに答える。そうこうしているうちに広場まで辿り着いた。
「ちょうどこの近くに狩り場もあるみたいだな。ちょっといってくるから火の用意をしておいてくれるか。なにも捕れなくってもお茶ぐらい沸かそう」
ジョウとネイに留守を頼んで目印に従って狩り場を目指す。しばらく歩くと見えてきたのは対岸の木々がはっきり見える程度の広い池だった。
「これは水鳥がいるのかな」
身体を低くしたままで最近練習している魔力を抑えた気配探知を使う。それでも何匹かは逃げていくがその場にとどまっている動物もたしかに多くなっている。
「この感じは……普段はあまりいない動物だな」
だいたい人間の膝下ぐらいの体長と感じる動物が数匹岸の近くにいるようだった。風向きを確認して慎重に近づく。
「草むらに隠れているようだが、あれは河鼠だったかな」
姿は鼠に近いが身体ははるかに大きく水辺に住んで泳ぎを得意としている動物で、たしか肉も食えるはずだ。この大きさでは携帯投石紐では無理だろうなと短弓に矢をつがえ、慎重に狙って放つ。草むらに隠れてはいたが気配探知で位置がわかることもあり一匹に命中した。残りは逃げていったが命中して動けなくなっている一体に近づき、ナイフでとどめを刺す。
獲物を広場近くまで持ち帰り、ジョウに声をかける。
「河鼠を捕ってきた。解体するから手伝ってくれるか」
「俺は携帯食料を使って狩りをしないタイプなんだがな」
ジョウは文句を言うがいい大人なら動物の解体ができない人間は少ない。まあ河鼠は珍しいが獣ならだいたい応用は利くので二人で肉にしてから広場に持ち込み、香草と一緒に焼いてみる。
「あまり食べたことなかったですが、味はちょっとお魚っぽいですねー」
調理者特権で焼きたてを真っ先に味見したネイがそんな感想を漏らす。
「水辺に住んでるし食ってるものが魚に近いからかもな。しかし噛んだ感じはしっかり肉だから面白いな」
エサに注目したのはジョウだ。食べたものの質が肉の味に影響するというのは結構な支持を得ている説だが、魚と同じものを食ったら魚の味になるというのはあまりいわれていないと思う。
「狩ること自体はそれほど難しくはなかったが、味は微妙かもな。むしろ毛皮のほうが上質な素材という感じだ」
これは俺の意見。自分でなめす技能はないが一応毛皮も剥ぎ取ってある。
「さて、飯が済んだら出発しよう。毛皮も早めに売りたいし今日中にユーガの村まで到着したい」
◆ーー◆ーー◆
一枚だけの河鼠の毛皮はまあ一杯分の酒代ぐらいにはなった。さて、今晩の宿であるが
「わたしはみんなでギルドの伝令人特典無料簡易寝台でも構いませんよー」
「いやいやいや、そういうのをあとからレーナに知られたら恐ろしい。支援金との差額は俺たちで出すからネイは宿屋に泊まるといい。簡易寝台は俺たちで使うから」
「おいおい、俺を巻き込むのか。まあ懐に余裕はあるし宿代ぐらいは構わんが」
そんなやりとりの末に二手に分かれての宿泊となった。明日の朝に宿の食堂に集合して朝食をとって出発という予定になっている。
なお夜も更けてからこっそり抜け出しそうとしていたジョウは俺が止めた。
「ヌートリアなら海狸鼠ではないか」という意見もございましょうが海狸鼠と書いても普通にイメージできないと判断しまして。それにあくまで「こっちの世界の○○という動物に似ている異世界生物」ですから。