32:転換訓練
「エイアン行きの定期便に同行してくれないか」
ドワーフの里より帰還してから近場の臨時便をいくつかこなして20日ほど、オトヤ冒険者ギルドの伝令人代表であるダンが話を持ちかけてきた。
「定期便ってのは固定メンバーがいるんだろ。また特別任務付きの話か?」
「いや、ごく普通の定期便だが、ちょっといろいろあってな……おっと、その問題の当人が来たようだな。おーい、ジョウ。ちょっとこっち来い」
「ダンさん、お疲れ様です。相方になってくれるのはチャックですか?」
やってきたのは以前に同行したことがある帝都行き定期便担当だったジョウだ。
「貴重な単独で長距離可能な伝令人をそんなもったいない使い方はできないぞ。エイアン行き定期便をこれ以上遅らせるわけにはいかんから臨時でお願いしてる最中だ。もとはと言えばお前らが原因なんだから自分で説明しろ」
そう言うとダンは卓を離れて荷物整理を始めてしまった。かわって席に着いたジョウが話しだす。
「えーと、まずは久しぶり。以前の王都行きではお世話になったな」
「久しぶりだな。ジョウは王都行きの定期便担当じゃなかったのか?」
「詳しく話すと長くなるが、相方のレーナに子供ができてな。それで簡単ながらも結婚式を挙げて夫婦になりレーナは引退ということになったんだ」
「おお、それはおめでとう。だが相方がいなくなってしまったわけか」
「そういうことだ。何しろ急なことだったんで代わりも見つからず、今回の王都行き定期便は代わりにウーゴとヴァンに行ってもらったんだ」
「エイアン行きの定期便はあの二人が担当だったな。なるほど、かわりにジョウがそっちに回ることになったのか」
「うん、ちょうど短距離の外回りからもっと上に行きたいという伝令人も見つかったんでそいつと組む予定だったんだ。ネイは知ってるよな」
「俺が伝令人になったとき最初にノウハウ教えてくれた先生だよ」
「そうだったのか。ともかくネイが相方に内定してたんだが、レーナに言ったら、まあその、なんだ。妬かれてな」
「新婚さんだというのに信用ないのか?」
「そいつは正直いうと俺に原因がある。なにしろ相方になったレーナを仕事中にかなり強引に口説き落としたからな。『どうせまた相方になった子に手を出すんでしょう』とか言われると反論は難しい」
「あー、そいつは俺もちょっと擁護できないな。まあ事情はだいたいわかった。それで急ぎ男の相方を探してたってわけか」
「そうなんだが、なにしろ定期便をあまり遅らせるわけにはいかないからな。今回だけでもいいから同行してもらえないだろうか」
「わかった。とりあえずは今回は引き受けよう。今聞いていた感じだともうすぐにも出発したいのか?」
「さすがに今日これからというのは無理だろう。明日の朝の出発で大丈夫か?」
「街道を行くなら準備が少しぐらい甘くても問題ないだろう。集合はここでいいな」
◆ーー◆ーー◆
翌朝ギルドに出向くとジョウは既に待っていた。代表のダンと、ジョウの相方だったレーナにネイまでいる。
「やあレーナ。ご結婚おめでとう。引退したって聞いたけど今日はいったい?」
「旦那がお世話になるって言うからご挨拶ぐらいはしておこうと思って。あとはネイちゃんのこともよろしくって」
「旦那が女と一緒に行くのを嫌がってたんじゃないのか?」
「『女の子と二人で』よ。ネイちゃんのことなら信用してるから。信用してないのは旦那のほう。ネイちゃんはかわいい後輩だもの。もっと稼げるようになりたいって言うなら応援するわよ」
「そういうことで、わたしも長距離のお仕事の経験を積みたいのでー。今回はよろしくお願いしますね-」
あいかわらずのんびりした雰囲気の女性であるが、これで仕事はしっかりしてるし知識も十分であるのは生徒をやったときによくわかった。
「こちらこそよろしく頼む。俺が教えることなんてないんじゃないかと思うがな」
「なにごともやってみないとわからないことはありますからねー。わたしは今までクオウ村までの往復しかしてませんからー」
そんな話をしているとダンがパンパンと手を打って話しを止める。
「さて、顔合わせもしたしそろそろ仕事の荷物を渡そうか。今回は特別扱いの仕事はないからな。まとめてエイアンのギルドに渡せばあっちで分配して配達してくれる」
そう言って引き渡された書類は結構な量だった。普通の書類であるから高価な紙を使ったものはなく基本は木の薄板だが、それが数十枚。
「普段の臨時便では一通か二通なんだが定期便ってのはこんなに多いのか」
「前にも言ったが定期便ってのは割安にしていざというときに高価な臨時便や早馬を使ってもらいたいという狙いがあるからな。たくさん使ってもらえるとありがたいんだ」
「そういえばそんなことを言っていたな。じゃあこれは三人で分担して運ぶとしようか」
「ネイちゃん、あなたチャックのこと落とす気はない?」
「わたしはそういうつもりはないですけどねー。なぜにそんなことをー?」
「私たちは以前に同行したときチャックが狼を一撃で倒すの見てるからね。ネイちゃんがチャックとくっついたなら旦那もビビって手を出さないと思うのよ」
「いちおう同行するのは今回だけの予定ですよ-」
「それは置いとくとしても、チャックって結構女性陣にはウケがいいわよ。ときどきお土産買ってくるし、単独遠距離可能な伝令人でお金も稼いでるし」