27:森林集落
「この辺りはもうウトクの村の影響範囲に入ってるみたいね」
オンマの山小屋を出発して山道を半日ばかり。マユが周囲を見回してそんなことを言い出した。
「ずっと森が続いてるが、分かるのか?」
「ウトクは林業が盛んだって聞いたことはない? この辺りは材木に向いてる真っ直ぐな樹が多くなってるの。だからもう村の管理下だろうなって」
「材木って、この山道を通って運び出すのは大変だろうに」
「西に下ると大きな河があって、そこを使って王都まで運んでいけるんだって」
そんなような会話をしながら進んでいると前方に集落が見えてきた。どうやらウトクに着いたようだ。
「ここも冒険者ギルドの業務は村に委託されてるんだったかしら」
「オトヤで聞いた情報だとそのはずだ。とりあえず挨拶していこう」
門番の兵士に確認すると村役場は村長宅を兼ねた一番大きな建物ということで迷うこともなく辿り着いた。業務中だからか開いたままになっている扉をいちおうノックして声をかける。
「こんにちは。移動途中の伝令人です」
「やあ、定期便以外でのお客さんは久しぶりだね。ようこそウトクへ。わたしが村長兼ギルド代表代行のシメオンだ」
事務所の中央に座っていた男性が立ち上がって挨拶してきた。すらりとした体型で見た感じでは若者に見える。そして特徴的な尖った耳。
「村長さんはエルフなんですね」
マユが感心したように言う。ここ以外でもエルフを見かけることはあるがほとんど自由な冒険者で要職にあるものは珍しい。
「ここは森の中だし人間に対して友好的なエルフは結構住んでるんだよ。村の半分ぐらいはエルフかな。ここよりも外に行くのはエルフでも変わり者……おっと、自由を愛する者達だからきっちりした仕事には向いていないんだろうね。ところで伝令人ってことはここに用事があったのかな」
「目的地はドウチですが、こちらで食事と一夜の宿を使いたいと」
「ああ、伝令人の特典だね。規定だと携行食糧支給と宿屋の代金補助になるけど、せっかくだからウチに泊まっていかないか。もちろん夕食もごちそうするよ。外の話が聞きたいんだ」
ちらりとマユを見ると軽く頷いた。
「わかりました。ではお世話になります」
「こちらこそありがとう、久しぶりに外の話が聞けるよ。じゃあ夕食の準備ができるまで土産物屋でも見ていってくれ。うちは木製品もたくさん作っているんだ。商人がまとめて仕入れていく方が多いけど小売りもしているからね」
◆ーー◆ーー◆
村長が土産物屋と言った店は村役場の一角で、製品がきれいに並べて展示されている。
「こちらは仕入れに来る商人さんへの見本も兼ねているんですよ」
説明してくれているのは役場の事務員でもあるエルフ女性でベレニスといい、村長の奥さんでもあるそうだ。
「女性向けに普段使えるものはないかな。お土産にしたいんだが」
「なによぉ。気になる女の子でもいるの?」
マユが絡んでくる。
「受付のゼナとか伝令人の内回りの女性陣とか、土産を期待されてるんだよ」
「仕事仲間ぐらいの間柄ですか。でしたらこちらなどいかがでしょう」
ベレニスが出してくれたものを見ると違う色の木を組み合わせて花模様が作られているコースターだった。
「見栄えもいいしかさばらないな。じゃあ5枚ほど頼む」
「ありがとうございます。では代金を……たしかに。すぐにご用意しますね」
ベレニスが在庫から出してくれるのを待っているとマユがツンツンと袖を引いてきた。
「あたしもお土産欲しい。この髪留めがいいな」
見るとさっきのコースターと同じく色違いの木を組み合わせた細工品だった。
「ここにいるのに土産ってことはないだろう」
「あたしだけ貰えないのはズルい」
「まあいいだろう。すいませんベレニスさん、こちらも一つ下さい」
◆ーー◆ーー◆
夕食のメニューはエルフの料理人が作ったという野菜尽くしの構成だった。食事をしながら村長が訪ねて来るのは主に政治的な情勢で、答えているのは主にマユになる。そういう知識では俺がかなうものではない。
村長の屋敷で一晩泊めてもらっての翌朝、朝食に同席したのは副村長のトーマスという人間の男だった。
「村長達エルフは朝は軽く済ませる習慣なんだ。君らはこれから山道を行くのだししっかり食べたいだろうと思ってね」
今朝の料理は野菜が少なく肉類がメインになっている。
「森林鹿のローストに大牙猪肉のソーセージだ。このへんは生息数が多いからよく食われている」
「街の方じゃ高級食材よね。これは人間の料理人が作ったの?」
「いや、これも昨日の晩と同じエルフの料理人だよ。この屋敷の料理人は彼一人だし、むしろ普段はこういう料理が多い」
「エルフって昨日みたいな野菜ばかりの料理が普通じゃないの?」
「エルフの弓の腕は知ってるだろ。あいつら狩猟民族だ。だから畑で栽培する野菜はエルフにとって『ごちそう』でな。もてなし料理はそういうものになるんだと。それで勘違いする人間が多いんだろうな」
なんだかエルフのイメージが変わるような話を聞きながら朝食を食べ終え、午前中にはウトクの村を出発した。
「エルフとドワーフって仲が悪いって噂ですけど、実際のところそうなんですか?」
「少なくともこちらが嫌ってるってことはないですよ。ただ、あいつらとは趣味が合わないだけで」
「趣味とはいったい?」
「たとえばお土産で購入頂いた細工物ですが、我々はああいった自然をモチーフにした意匠を好みます。ですがドワーフの連中は『見た通りに作って何が面白い』と自然には存在しないような抽象的な模様や形状を好みまして。ええ、ドワーフ連中は嫌いじゃないんですよ」




