2:書類不備
2025/04/29 表現微調整
2025/08/03 ルビ表記調整
パーティーから離れて一人でギルドに戻った俺の前にいきなり新たなトラブルが立ち塞がった。
「書類不備、だって?」
「ええ。いくつかあるので順番にご説明しますね。まず問題ないものですが、魔物退治の達成認定。これはオーケーです。ちゃんと依頼主である村長のサインもありますし」
受付嬢が営業用の笑顔で答える。荒っぽい冒険者を相手にする仕事には似つかわしくないような美人ではあるが騒ぎを起こせば奥からベテランの男性幹部が出てくるのでトラブルは少ない。
「それはいつも通りだからな。じゃあ問題はついでに受けてきた依頼のことか」
「それもありますが、その前に報酬の分配です。チャックさんに半分で残りを他のメンバーに分配というご希望ですが、受取額に倍以上の差が出るときは受け取り人が承諾したという確認が必要なんです。書類にサインだけでいいんですが、皆さんご不在ですよね」
言われてみればそうだ。今まではメンバーで均等に山分けしてたが、勝手に差をつけられたらトラブルの元だろう。
「ちなみにいつも手続きしてるリリさんは山分けで半端が出たときは自分の口座に入れてましたよ」
そいつは初耳だが、ときどきやってたミユとの女子会での菓子代とかになってたんだろう。よく余分な金があるなとは思ってたが。
「報酬についてはわかった。金がすぐに入らないのはちょっとキツいがまあなんとかなる。書類にサインをもらってくればいいんだろう」
「チャックさんの受取額を減らして承認がいらないようにする手もありますけど」
「それもちょっといやだな。サインもらってくるから書類をくれるか」
「わかりました。明日までに持ち出し用の写しを作っておきますからまた取りに来て下さい。では次、代官さまからの依頼についてです」
「そっちも問題があるのか。代官さまなら手続きに詳しいと思ったが」
「おおむね問題ないんですが、指名依頼のパーティーメンバーが4人となっているんです。ウチに登録されているパーティーは5人組ですよね」
「それは説明しただろう。これからの活動で盗賊技能は使いにくくなるから俺が抜けるって」
「メンバーの脱退には残ったメンバー半数以上の確認が必要なんです。ちょっとしたケンカの腹いせに勝手に脱退届を出すようなトラブルが頻発してましたので。いまでも年に数回あるけど規定ということで受理せず確認とってるんですよ」
「つまりこれも書類にサインが必要ってことか。それで脱退が認められれば依頼に問題は無いんだな」
「厳密には日付が前後したりいろいろありますが、そのへんは連絡に時間がかかるからとか理由つけてよくある例外処理で対応できますから。チャックさんは気にしなくて大丈夫です」
なんか「面倒な仕事を増やしやがって」みたいな顔が見えた気がする。あとでチップはずんでおこう。
「ではパーティー編成変更の書類も出しておきますね。報酬分配の書類と一緒にお渡しします」
「よろしく頼む。しかしこれから領主さまの街まで往復というのはちょっと面倒になるな」
「書類だけなら伝令人に頼んでサインもらってきてもらうこともできますよ。ギルドの書類なら定期便に無料で便乗できますから。今月の定期便は三日前に出たところですけど」
「だいたい一月も後になってしまうのはなあ。やっぱり自分で行った方が早そうだ。移動だけなら一人でも問題なさそうだし」
「お一人で行かれるのですか?」
「ちょうどよく街までの護衛の依頼があったとしても一人じゃ依頼を受けるのは無理だろ。別のパーティーさがすのも大変だし。なら一人でさっさと片付けて報酬もらってから次の仕事を探したい」
「そういうことでしたら、伝令人登録していきませんか。他の書類も一緒に運んでいただけるなら報酬も出ますし、他にもメリットがありますよ」
「メリットというのは、具体的に言うと?」
「まずはギルドの仮眠施設が無料で使えるようになります。仮眠施設がない場所もありますがそのときは宿代に補助金が出ます。それと最低限ですが食料の支給も。確実にメッセージを運んでいただくのに体調管理は大事ですから。それから身軽に動いていただきたいので荷物の預かりも優遇されますし、お金の預かり手数料も無料になります」
「支給されるという食料の内容はどうなってる?」
「だいたい堅パンと干し肉みたいな保存のきくものに水ですね。これは道中の食料にあてて村では料金払って食堂を使う人がほとんどです」
「まあそれでもありがたい。他にもメリットはあるのか?」
「確実というわけではないですが盗賊にも襲われにくくなります。荷物を預けて身軽になってもらっているから襲撃しても実入りが少ないので」
「損なことはなさそうだが、デメリットの方はあるのか?」
「仕事の実績がない状態が続くと登録は解除され特典はなくなります。あとは仕事を選ぶ幅が少ないのがいやだという冒険者のかたは多いですね。腕に自信のある方はあたれば大きい探索や討伐をする方を好みますし。正直なところ単独で移動できる伝令人は不足気味なんです」
「なるほど。じゃあ伝令人登録もしておこう。で、ここまで熱心に勧誘するということはさっそく仕事があるのか?」
「さすが察しがいいですね。ちょうど急ぎでマイケの街までの依頼がありまして。それは明日書類をお渡しするときに一緒に説明しますね」