1:追放宣告
転生無し。チート能力無し。生産系無し。農業系無し。
まあ90年代ラノベ的な世界でスローライフができんもんかと妄想したネタが溢れてきたので形にしてみようかなと。
2025/04/21 誤字修正
2025/04/26 後の執筆分との表記ブレ調整
2025/08/03 送り仮名調整
「チャック、悪いがお前にはここでパーティーを抜けてもらう」
パーティーのリーダー、戦士で攻撃手のエースが俺にそう宣告したのはアゴット村とイリン村の間の街道沿いで夜営しているときだった。
「ちょっと、それじゃいくら何でも説明不足でしょ」
割って入ったのはパーティーの魔法使いで頭脳担当のマユ。
「うん、オレも説明が欲しいな」
俺の反対側で周囲を警戒する立ち番をしていたやはり戦士で防御役のボブも話に入ってきた。
「ではわたしが説明しますね。エースは面倒な説明は下手ですし」
話を引き取ったのは回復役のリリ。回復役にもいろいろあるそうだが彼女の場合は神の力とかではなく回復力を強める魔法らしい。
ちなみに全員本名ではなく冒険者としての登録名だ。長い名前や発音しにくい名前はとっさの呼びかけで連携ミスがおこりやすいから呼びやすい名前を名乗るべしというのがタテマエだが、読み書きもままならない冒険者がサインだけは自分で書けるよう簡単な名前にするという理由が大きいというもっぱらの噂だ。
「ではまず現状からまとめますね。わたしたちはギルドから洞窟に住み着いた魔物を退治する依頼を受け、首尾よく仕事をこなしての帰り道に平原狼の群れに襲われていた一団を発見。加勢して撃退に成功したのですが同行を請われていたわけです」
「ああ、そこまでは俺も聞こえてた。それで交渉はエースとマユ、リリに任せて俺とボブが周囲の警戒に立っていたわけだが、それでどうして俺が追放という話になったんだ」
「ですからそれはエースの説明不足なんです。襲われていた彼らですが、実はオガマ村の代官一行で、マイケの街に住む領主さまのところへ年貢を納めに行くところだったということなのです」
なるほど、商人にしては身なりがいいと思っていたが代官だったか。
「年貢なんて部下が運ぶもんじゃないのか?」
「年に一度ぐらいは街で羽根を伸ばしたいんだってさ」
俺が挟んだ疑問にはマユが答えた。
「話を続けますね。彼らは狼たちに不意打ちを食らってしまい前衛が早々に脱落。残りの面々もジワジワと削られていたところにわたしたちが遭遇したという状況でして。加勢して撃退はしたものの彼らの怪我は結構ひどくてわたしの回復魔法も残りが少なく完全回復はできませんでした」
「うん、それで助けた俺たちにこの先の護衛を頼みたいというのは自然なことだろうな。だが俺が抜ける理由にはならないだろう?」
「報酬についての交渉をしている途中にエースが仕官を目指しているという話になりまして。まずはわたしたちを護衛として雇って、最近雇った腕の立つ戦士だと領主さまへ紹介してくださるというのです」
「それはいい話じゃないか。エースの目標に一歩近づいたな」
エースは酒に酔うといつも「俺は仕官して騎士になりたい」と言っていた。彼にしてみれば領主に近づく願ってもないチャンスだろう。
「そうなんだ。だけど代官としては盗賊を雇うのはまずいと言うんだ」
これは自分で言わなければならないと思ったのかエースが話を引き継いだ。たしかに俺は盗賊と呼ばれる職業であるが、他人の物に手をつける泥棒ではない。罠を避けたり扉や宝箱の解錠などを得意とするのでそう呼ばれているだけなのだが、正直いって冒険者以外、特に外からの面目を気にしなければならない面々からの偏見が大きいのは事実である。
「そいつは誤解だと言いたいところだが、まあ仕方ないな。俺がついていくのもまずいのかな」
「それについてはもう一つ頼みがあるんだ。領主さまに紹介するにしても『道中で偶然会いました』では説得力に欠けるから、代官さまからギルド経由で指名依頼を受けて護衛についていたという形にしたいということになったんだ。チャックはオトヤに戻って代官さまからの護衛依頼を受ける旨を連絡してほしい。お前なら一人で帰還できるだろ?」
依頼を受けたギルド支部のあるオトヤの街まではまだ数日の距離があるが、いちおう街道もあるし途中の村にも立ち寄れる。野生動物はいるが人の脅威になる魔物はめったに出ないし、一人だったら逃げてもいい。
「まあなんとかなりそうかな。あと、ギルドの依頼の方はどうする。目的は果たしたから報告すれば報酬が出るはずだが」
「チャックにはワリを食わせることになるからな。お前が半分で残りを俺たちでどうだ。いつものギルド口座への預け入れでいい」
「それならありがたいぐらいだ。それで、パーティー登録からは俺一人の脱退でいいのか。職業の問題なら盗賊を辞めてあとから合流でもいいんだが」
「うまくいけばこれからは護衛がメインになる。お前の罠発見や解錠技能が役立つ機会は減るだろう。お前の技能を活かすためにも別行動の方がいいと思うが」
たしかにその通りだ。職業を変えたらすぐに別の技能が身につくなんて便利な話はない。俺はこのパーティーを抜けるのが最適なのだろう。
「わかった。だいたい3年だったか。長いような短いようなあいだだったが世話になったな」
「すまんな。明日になったら代官さまからギルド宛てに護衛の依頼書を出してもらう。受け取ったらギルドへ向かってくれ」
こうしてこの晩、俺のパーティー脱退が決まった。そして朝になって領主の住むマイケの街へ向かう彼らを見送った俺は一人オトヤへと足を向けた。
「エース、お前の登録名って……」
「記入サンプルの一番最初にあった。サインも『A』一文字でいいっていうからな」