Legend 2. 置いていかれた魔物
「え~~~~ん!え~~~~ん!」
大きな声で泣いている女の子。それを見かねたツィアは声をかけた。
「どうしたの?大丈夫?」
すると女の子が振り向く。
(なんて可愛い子...)
ツィアはその姿に思わず見入ってしまう。
くりっくりの大きな目。愛嬌のある顔。
カールのかかったピンク色の髪が首筋くらいまで伸びていた。
特に梳かしてはいないようだったが、そのもつれ具合が子供らしさを感じさせて微笑ましい。
身長は低い。150cmあるかないかだろうか?
しかし、その胸は大きく、白い花柄のワンピースを大きく持ち上げていた。
身に着けているのはそのワンピースのみ。
靴すらも履いていなかった。
ワンピースの丈が長く足首まで隠しているのが救いだった。ミニなら目のやりどころに困っただろう。
(おっきい...私より大きいかも...)
ツィアは目に飛び込んできた大きな胸に思わず顔を赤くする。
子供っぽい容姿とのギャップもあって、余計に煽情的だった。
しかも生地が薄いので形がよく分かる。
(ま、まさか下着を...そんなわけないか!)
心なしか先端が飛び出ている気がした。
ツィアがそんなことを考えていると、女の子は顔色を変えた。
「お姉さん、もしかして人間ですか~~~~?!」
そう言うと、戦闘態勢をとる。
「えっ?!」
ツィアが驚いてよく見ると、その女の子は宙に浮いている。靴を履いていない理由がやっと分かった。しかも、
(もしかしてあの姿...『春の精霊』!!)
それは最上級の魔物の一人でその力は中ボスに匹敵する。
召喚で植物系の魔物を呼び寄せ、状態異常を仕掛けさせる。
しかも、本人は魅了を使える上に、最上級の攻撃呪文を使うことができた。また、回復魔法まで持っている。
ツィアといえど、簡単に勝てる相手ではなかった。
(頑張れば倒せない相手ではない...でも...)
ツィアはそんな気分ではなかった。また、さっきまで泣いていたのも気になる。
そこで相手の警戒を解くべく、声をかけてみた。
「待って!私にそんなつもりはないわ!一人だし、きっとあなたには勝てないでしょ!...ただ...困ってたようだから何かできないかなって...」
すると、春の精霊の態度が変わる。
「ホントですか~~~~?!...私、どうしていいか分からなくて...」
そう言って、ポロポロ涙をこぼした。
「どうしたの?言ってみて!」
ツィアが優しく語りかけると、
「私、仲間とはぐれちゃったんです~~~~!!」
春の精霊はそう言ってまた泣き出した。
「落ち着いて!その仲間はどこにいるの?」
ツィアが静かに尋ねると、
「魔界に向かってます~~~!」
春の精霊は答える。
「魔界に?」
ツィアの独り言ともとれる言葉に、
「はい。魔王様が倒されて、もう人間界にいる理由がなくなったので...」
春の精霊は理由を教えてくれた。
どうやら話しているうちに落ち着いてきたようで、涙も止まり、話し方もしっかりしている。
(それなら尚更、倒す理由はないわね!)
そう思ったツィアはゆっくりと話しかけた。
「魔界なら、この大陸の北の果てに行けば、高い山が見えてくるわ!その頂上にあるダンジョンの一番、奥に行けば...」
その言葉を聞いた春の精霊は驚きの声を上げた。
「えっ?!お姉さん、人間なのに魔界への扉の場所を知ってるんですか?!」
信じられないといった表情。それに対し、
「えっと...実は魔界に行って魔王を倒したのは私のいたパーティで...」
ツィアは恐る恐る答える。もしかして『魔王を倒した』と聞いて襲ってくるかもしれない。
ツィアは軽く身構えていた。しかし、
「そうですか!お姉さんたちが魔王様を倒してくれたんですね!」
春の精霊は笑顔で応えた。
「えっ?!」
思ってもみない言葉に唖然とするツィア。
すると春の精霊が説明を始めた。
「実は私...本当は人間なんか襲いたくなかったんです。けど、魔王様に命令されて...魔界は力の強いものには絶対、服従ですから...」
「そうだったの...」
それを聞いたツィアは少し微妙な気持ちになる。
(今まで数え切れない魔物を倒してきたけど、その中にはこの子のように嫌々戦ってた魔物もいたのかも...)
その表情を見た春の精霊はにっこり笑うと、安心させるように言った。
「気にかけることはないですよ!こちらも本気で倒そうとしてましたし...お互い様です!」
「...怒ってないの?」
ツィアは心配そうに尋ねる。しかし春の精霊は、
「何をですか?」
不思議そうな顔をするだけだった。
「だって、もしかして私、あなたの友達を倒してしまったかも...」
ツィアがやるせない顔でそう言うと、
「さっきも言った通り、それはお互い様です!それにもう過去の話じゃないですか!...私たちは魔界に帰ります!もう戦う必要はないんです!」
春の精霊は笑顔でそう言う。
「随分、あっさりしてるのね...」
ツィアの言葉に、
「そうですか?」
不思議そうな春の精霊の顔。
「他の魔物もそう思ってるの?」
ツィアが聞くと、春の精霊は答えた。
「はい。それが普通だと思いますが...」
「羨ましいわね...」
「何がですか?」
ツィアの言葉に春の精霊はまた首を傾げる。
それを見ながらツィアは思っていた。
(なんかそう考えると人間の方が変な復讐心に囚われ過ぎているのかもね!多分、今でも魔物にあったら...)
人間は問答無用で襲いかかるだろう。
ツィアは自分の話を素直に聞いてくれた春の精霊にちょっぴり尊敬の念を抱いてしまっていた。
そんなツィアをしばらく不思議そうに眺めていた春の精霊だったが、
「あっ!話は戻りますけど、さっきの話だと、北に向かったら仲間とまた会えるかもしれませんね!」
そう話しかけてきた。
「そうね!それがいいと思うわ!...じゃあ...」
ツィアはそう言い残すとその場を去ろうとする。しかし、
「あの...北ってどっちですか?」
春の精霊に聞かれてしまった。
「えっと...北は...あっちの方向ね!」
方向感覚は長い旅で覚えてしまっている。ツィアが指差すと、
「あの木のある所ですね!」
春の精霊は安心したように確認してきた。
ここは草原でところどころに木が生えている。
春の精霊はツィアが指差した先にある木を見ていた。
「そうそう!」
ツィアが答えると、春の精霊はその木の方向に飛んでいった。
(これで安心ね!)
ツィアが再び歩き出そうとすると、
「あの~~~~~!!」
北の方角から大きな声で呼び止められた。
「なに~~~~?!」
ツィアが春の精霊に呼びかけると、
「ここからどう行ったらいいんですか?」
春の精霊は自分が指差した木の周りで困ったようにウロウロしている。
「...この子、天然?」
思わずつぶやいてしまったツィアだったが、春の精霊のいる場所に向かうとまた北を指差す。
「あっちよ!」
すると、春の精霊は、
「あの木のある場所ですね!」
喜んで飛んでいった。
「・・・」
悪い予感しかしないツィア。
しばらくして、
「あの~~~~~!!」
また大きな声が聞こえてきた。
「もう~~~~~!!」
ツィアは春の精霊を掴まえると、その手をとって歩き出した。
「仕様がないわね!私が魔界まで連れてってあげる!!...街道沿いに進むから遠回りになっちゃうけど、いいでしょ!こっちに来て!!」
そう言って、どんどんと歩いていくツィア。
「えっ?!えっ?!」
春の精霊は『わけが分からない』といった顔で、引きずられていくのだった。