3.普通じゃない
次の日。
やっぱり普通じゃなかった。
「あら、茜おはよう。今日は自分でちゃんと起きたのね。いつもなら、起こさなきゃ起きないのに」
ママはテーブルにサラダを並べている。
(え?いつも朝ちゃんと起きてたし。昨日もちゃんと起きた……もしかして……)
テーブルの上にはトースト、サラダ、ハムエッグ……えっ!えっ!
「ママ!私がパン好きじゃないのを知ってて……」
そこまで言って口を噤んだ。ママが不思議そうな顔をして私を見ている。
「何言ってるの?パンじゃないと食べないじゃない。冗談言ってないで、さっさと食べちゃってね」
ママに促され、椅子に座りフォークを手に取る。
(まず、サラダから。サラダなら好きだし。食べれるし)
フォークをトマトに突き刺し、口に運ぶ。続いてキュウリ、キャベツをパクパクと。
「あら、今日は嫌いなサラダを先に食べるのね」
サラダを食べながら伏し目がちに視線を母の方にむけると、不思議そうにそれでいて少し嬉しそうに微笑むママがいた。
私が視線をパンに落として、どう食べてやろうか思案している時、足に何かが纏わり付いた。
(なになになになにな……何っ!)
口にサラダを頬張りながら机の下を覗き込む。
そこには一匹の黒い子猫がいた。
「あら、ジルちゃんおはよう。相変わらず、茜ちゃんの事がお気に入りね」
ジルと呼ばれた黒猫は、私の顔が見えると「にゃーお」と鳴いた後に顔を洗い出した。
「マ、ママ!猫がいる!」
顔を上げてサラダを慌てて飲み込む。
「何言ってるの?ジルはあなたが拾って来たんじゃない」
ママは呆れた顔で、暫く私を見ていたが食器置き場から猫用の食器を取り出すと、机の下を覗き込み
「ジルにゃーん。ご飯あげましょうねーこっちよ」
母の後ろをジルが付いていく。
「うーん。猫なんて拾って来たかなぁ」
私は首をかしげた。
◇◇◇◇◇
やっぱり昨日から何かがおかしい。そう思いながら、私はいつもの通学路を歩く。
(たしか、昨日はパパもちょっと違ってたのよね。お酒とか飲んで晩酌しだすし。パパってお酒飲めなかったはずなのに…… )
街並みはいつも通り。家の形、遠くの山の稜線まで全部知っている形だ。一緒に歩く同じ高校に向かう人たちも見慣れた面子である。
(だけど…… )
少しずつ、本当に少しだけずれてる感じ。なんだろうこれは。
一生懸命思案していると、誰かに肩を叩かれた。驚いて振り向くと、そこには幼馴染の悠太がいて二度驚いた。
「ゆ、悠太?な、な、何?」
「ん?何慌ててんだ?おまえ」
「だ、だって、突然肩を叩かれて振り返ったら悠太が居るから…… 」
「そんなのいつもの事じゃん。お前こそ何だその髪型は?」
「えっ…… 」
慌てて髪に手をやる。大丈夫乱れてない。いつも通りのポニテだ。
「ツインテはやめたんか?見た時、誰が分からなかったぞ」
「えっ、ツインテ?何それ? 」
「お前いつも言ってたじゃないか。私は宇宙で一番ツインテが似合うんだってアホな事を言って……忘れたのか? 」
「…… 」
私は何も言えなかった。そもそも、ツインテールなんてした事がない。宇宙一って言ってた?何それ。
「おい、茜」
幼馴染の悠太。中学校で身長は追い抜かれて、今ではもう見上げるほどだ。幼い面影を残しつつ時々悠太が見せてくれる、凛とした眼差しを見るのが、私は好きだった。
今、その眼差しが私を見つめている。頰が熱くなるのを感じつつ、私は悠太を見上げた。
「お前、昨日からなんか雰囲気変わったな。まるで、茜じゃ無いみたいだ」
悠太はじっと私を見つめていた。
私は目の前が暗くなるのを感じた。