モンテカッシーノの戦い②
モンテカッシーノの戦いのキーポイントは、モンテカッシーノ大修道院である。529年設立の伝統あるこの建物は、標高516メートルのグッとせり上がった山の頂上に立っている。平均30度と急勾配なので、実際の体感は最と高く見える。また、威圧感もある。
モンテカッシーノの戦いのドイツ軍司令官アルベルト・ケッセルリンク元帥は、この大修道院がある山の斜面と背後の山々に要塞を構え、長距離砲、迫撃砲、機関銃を設置した。その上、視界を遮る樹木や家屋は全てなぎ倒し、山裾を流れるラピト川に大量の水を放流し、平地を泥水に変えた。そこへ、無数の地雷を仕掛けた。さらに川岸には、高い溝やコンクリート壁、鉄条網まで作る念の入れようで、連合軍の北進に備えた。
米軍としては、こんな所でもたついていては、いつまでたっても本丸であるドイツを叩く事は出来ない。心理的に不利に置かれていたのは、圧倒的に米軍の方だったと言える。だが、兵士の浪費だけは何としても避けたい。とは言え、後に続く部隊の為にも、ここは突破しておきたい。そんな心情が透けて見えた。
地の利も、イニシアティブも、全てドイツ軍に握られていた中で、突破口を開くためには、二世兵士達(第100大隊)に犠牲になって貰おうと、冷酷にも米国陸軍司令官が考えるのは、無理もない事であった。




