表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パープルハートフォース・ストーリー~Go for Broke ~   作者: 佐久間五十六


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/120

二世の職業

 日本人でも米国人でも無い二世の扱いでも、生きて行く為には、働いて収入を得なければならなかった。

 だが、二世は日本語と英語に堪能で、それを活かした職業に就く者が多かった。例えば日本放送協会海外局や、同盟通信社等のマスメディアであったり、中には外務省ラジオ室に勤める者もいた。

 また、米国国内各地及び海外の米国陸海軍情報部で働く者もいて、赤十字等に従事する者もいた。この内外務省ラジオ室には、1939年(昭和14年)に日本の外務省主導で設立した、二世の為の教育機関「敝之館(へいしかん)」の国費留学生が動員された上に、広島では第2総軍司令部情報部が、二世女子を徴用し、米国短波を傍受する「特情班」を設けた。

 他に捕虜収容所の通訳になった二世もいた。二世には日本と米国の二つの国を比較出来る客観性が備わっており、その点では日本人にとっても米国人とっても、貴重な戦力になっていた。

 無論、二世の待遇は、純粋な日本人や米国人よりも低いものであり、必ずしも恵まれなかったものである事は確かである。そうした状況の中にあっても、二世は二世なりに、生きる道を探して懸命に生きた。彼等が日本人や米国人より劣っていたとは言えないし、何よりもヘイトクライムを受ける理由にはならない。

 グローバルになった現代においては、ハーフやクォーター等の人間の方が珍しがられて重宝されるくらいなのである。何よりも能力があれば、人種を問わず活躍出来る時代になったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ