東京ローズ②
こうして、1943年3月英語のラジオ番組"ゼロアワー"が誕生する。内容はニュース・音楽・米国人捕虜の家族への手紙・それに加えて、女子アナウンサーによるディスクジョッキー等がメインであった。
前線の日本兵士が夕食を取る前後の時間帯に合わせて、約60分間放送された。海外局米州部業務班のタイピストであったアイバが、突然ゼロアワーのアナウンサーに抜擢されたのは、1943年11月の事であった。彼女の声は美声とは程遠かったが、製作班チーフ格の豪州兵捕虜が、アイバの荒く酒焼けしたような声に惚れ込んだのである。
アイバは気乗りはしなかったが、参謀本部の命令だと言われれば、引き受けざるを得ない。アイバの役割は、原稿を読み上げるだけであり、またゼロアワーには他に数人の二世女子アナウンサーが存在していた。アイバの受難が始まるのは終戦直後の1945年9月5日であった。この日、アイバは占領軍に呼び出されて、ゼロアワーに関する取り調べを受けた。
その後、釈放と逮捕、再釈放を繰り返し後の1948年8月に今度は、米国司法省の指示で逮捕されてしまう。容疑は、「国家反逆罪」で、原告は米国政府であった。当時の米国民は、戦争の落とし前をつける為の"生け贄"を探していた。
有名な"東京ローズ"は、その格好の餌食となった。日本からサンフランシスコに護送されたアイバの判決が、下ったのは1949年10月の事であった。禁固10年罰金1万ドルの有罪であった。東京ローズなるものが、日本を含むアジア各地のプロパガンダ放送で、「英語を話す女子アナウンサー数人」の総称であり、尚且つ放送自体が国家反逆罪とは、程遠かったにも関わらずである。




