史上最重要の10の戦い
失われた大隊救出作戦を米国陸軍は"史上最重要の10の戦い"の一つに数える。だがその作戦に至る犠牲者は、あまりにも大きかった。211人のテキサス兵を救うのに、800人もの二世兵が死傷した。戦死者を記録する鉛筆の芯が無くなってしまう程の凄惨さであった。
にも関わらず山を降りて行くテキサス大隊とは裏腹に、二世部隊には逃走するドイツ軍の追撃が命じられた。撤退命令が出たのは、それからおよそ10日後の事であった。二世兵達は捨て石にされた。勲章や名誉が与えられても、その事実に変わりはない。死んでから貰える勲章や名誉など、嬉しいはずは無い。せめて生きているうちに…。
そう思っていた二世兵のなんと多い事か。だがその不満を口には出来ない事情があった。二世兵の扱いはまだ、正規の米国兵士と同等ではなく、それはこの失われた大隊を巡る戦いで明らかになった。この様な兵士の乱用は、古今東西聞いた事がない。普通ならテキサス師団は見捨てられ、自力で戻るしかないシチュエーションである。
だが、テキサス師団を救った約800人もの二世兵達は米国陸軍において、下等な敵性国家の血を引く人種として、下に見られていた。だからテキサス師団を救った。テキサス師団211人の方が日系二世兵800人よりも、米軍としては大切だったのであった。流石にそれだけの犠牲者を出したのだから、勲章の一つでも与えておこう。きっとそんな軽い気持ちで二世兵にテキサス師団の救出を命じたのであろう。
それが確かなら明確なヘイトクライムであり、自由の国を唄う米国の名がすたる。そんな過酷な状況下に置かれても、二世兵達は戦うしか他に自らのアイデンティティを主張する方法は無かった。




