日系二世部隊の評判
データ編②
第二次世界大戦における米軍では、民族別に編成されたのは、黒人部隊とネイティブアメリカン部隊と日系部隊の3部隊だけである。
これに関してそれはヘイトクライムだ、と言う意見や批判もあるが、多くの日系二世兵は、「日系人だけの部隊で、同じ目的があるから団結しやすかった。」と言う考え方を持っていた。
そんな日系部隊であったが、発足当初は日系兵の忠誠心を軍は疑問視した。ところが、二世兵達が訓練中に圧倒的な好成績を収めた為、丁度兵士を渇望していた欧州戦線に送り込んだと言う、経緯がある。
その日系部隊の活躍を目の当たりにした米軍は遂に、日系二世兵は「ゼロアワー(突撃の時)となると、全員が立ち上がって突進する」、「傷ついた仲間を置き去りにしない」、「命令につべこべ言わずに速やかに従う」と言う様な賛辞を送るに至る。
ニューギニアやフィリピンで日本軍と対戦した、ロバート・マイケルバーガー米国第8軍司令官はかつて、「私の指揮官としての夢は日本軍1個大隊を率いて戦う事だ。」と、公言したと言うエピソードも残っている。
これはつまり、「あの悪条件でよくぞあれだけ」の意であるが、日本兵の精神力と、米軍の技術、組織力を併せ持った部隊。それが二世部隊だったと言えるのかもしれない。「産みの親より育ての親、武士は二君に仕えず」と言う日本人的価値観を持つ二世は、日系米国人だが真の米国人である事を示すチャンスとして、欧州戦線を戦っていた。
そもそも、二世はプランテーションや、実家の零細農家で体力のある者は多かった。それに、通常なら将校になる大卒者も一兵卒として、戦場に出されていたから、部隊全体の知能水準も高かった。同じ目的があるから団結しやすかったと言う事は、つまりそういう事である。戦いを重ねる毎に、日系部隊や日系兵の評判はうなぎ登りに上がって行く事になる。




