OWIとOSS
戦時情報局(OWI)と、戦略諜報局(OSS)は、1942年6月設立の諜報活動と、宣伝を行う組織として誕生した。OWIは、主に宣伝活動のみに専念し、OSSは宣伝活動に加えて、スパイ活動も行った。
要するに、プロパガンダを用いて戦争を有利に進める。それが目的であった。米軍にとって見れば利用出来る者は何でも利用するというスタンスであった為、OWIもOSSも利用するのは至極当然の事であった。
例えば、日本人捕虜の中には、"協力者"や"サクラ"と呼ばれた者達がいた。彼等は米軍が慎重に観察した上で選抜し、秘かに勧誘した言わば助っ人であったが、彼等を使って日本の事をよく知ろうとしていた。そうした貪欲な姿勢が勝利に繋がって行ったものと思われる。
戦争の為に必要なのは、何も銃や弾丸や近代兵器だけとは限らない。文字や文章と言った人間社会の根底にあるものすら武器となるのである。米軍はそこも上手く利用した。逆に日本軍はそれを疎かにしたが為に何でもないミスや細かいミスを積み上げて、失敗していった。日米戦の勝因と敗因はそこに集約されるものである。
米国のインテリジェンスに関する執念は、半端なものではない。敵性言語として英語を全く触れさせなかった日本軍とは、大きく異なる。敵を知るにはまず己から。どんな細かい事でも、戦争に有利に働く事があるかも知れない。米国人は本能的にそうした事を察知する力を持っている。日本人もそのような力が無いとは言わないが、上手く使いきれてない節がある。情報やインテリジェンスが戦争の鍵を握るのは今や常識である。だからこそ、先進国は軒並み諜報機関の養成・強化に勤めるのである。




