日本人以上の日本語能力
こうして、日本人以上の日本語能力を手に入れる事になった二世語学兵は、どんどん最前線に送られて行く。
日本兵が出現する太平洋の広範囲に派遣されたり、オーストラリア(ブリスベン)、ハワイ(ホノルル)、インド(ニューデリー)と言った、米国三大情報基地に派遣されたり、中には銃弾が飛び交う様な最前線に送られるケースもあった。
それでも、完全な日本語ではなかったり、標準語しか学んでいなかった為、地方特有のなまりに対応するのは苦労した。日本兵の多くは首都圏ではない地方の師団に所属する、所謂地方兵であった為、なまったり、標準語とは程遠い日本語を使用するのは、普通にあった。
しかし、語学兵達も馬鹿ではない。なまりに対応する為、分からない語句は捕虜から聞くなど、手を打っていない訳ではなかった。高い日本語能力が次第に結果を伴う事になって行くが、戦争の勝利を決定付ける様な、そう言った力は無かった。
しかしながら、二世語学兵はその登場から日本の占領に至るまでの長期間に渡って、米軍の対日戦略の最前線にいた事は確かである。高い日本語能力があると言うのは、日系二世ならではの特徴でもある。生粋の米国人が同じ語学力をマスターするのは、至難の技であると言える。その為、元々日本語能力の高い日系二世を語学兵と言うスペシャリストに育てると言う米国の戦略は成功したと言って良い。
移民の国である米国だからこそ、とれた戦略と言っても過言ではない。いずれにしても、日系二世語学兵がいなければ、米国が日本に対して圧倒的優位を保ち続ける事は、困難であったかも知れず、戦況もどうなっていたか分からない程、日系二世語学兵の存在は重要であった。




