日系兵のイメージ
日系兵のイメージと言えば、正に"弾除け"そのものであった。ところが、戦場に送られると凄まじいまでの闘争心で、どんどん進撃して行く。「死」さえも恐れずに。これには米国陸軍も驚いた。
歩兵の役割しか出来ないと思われていた二世兵達が、実は飛車や角と言った大駒の素質を持っていた事に、驚いたのだ。日系人に流れるサムライのDNAが、米国兵士の度肝を抜く活躍を生み出して行く事になる。
誰に言われるまでもなく、二世兵達は与えられたポジションで、全力を尽くした。その原動力となっていたのが、日系人の地位向上である。兵役に復帰出来たとは言え、米国社会における日系人の、地位は白人の米国人の足元にも及ばない。彼等と肩を並べる為には、犠牲を払ってでも、戦争で結果を出すしか無かった。日系二世兵はそう思った。
自分の命をかける事で、それを果たせるならばそれで良い。文字通り命をかけた大仕事であった。戦場で「弾除け」になっていたのは寧ろ、純粋な米国兵士の部隊の方である。中途半端な覚悟では、日系人の意思の固さには敵わないからである。
米国人以上に米国を想い、米国人以上に戦争で貢献をする。そうした日系二世兵の姿を見せても、尚地位向上がなされないのであれば、日系人は米国を見切れば良い。命以上にかけられるものなど、この世の中にはないからである。
幸いにして米国は日系二世兵達の活躍を正当に評価した。そして、正当な市民として日系米国人と言うアイデンティティを認める事になる。そこに至るまでには多くの名も無き日系兵士の血と汗と涙がつまっている。その戦いの全てをこれから伝えよう。それは、歴史の裏側の出来事でもあった。




