差別②
太平洋戦争開戦後、最初に動いたのはFBI(連邦捜査局)であった。FBIは、日本語学校教師、商工会役員、僧侶等の日系社会の指導的立場にいた者や、漁師を「米国の国益を脅かす危険な敵性外国人」として、次々に検挙した。
漁師が捕らえられたのは、日本海軍との交信を疑われた為である。最も、物理的にその様な事は不可能であるが。当時の、エドガー・フーバーFBI長官の報告によれば、太平洋戦争開戦3日後までの日系人逮捕者は、ハワイを含む全米で1291人。1942年2月1日、米国司法省は「FBIの調査では日系人によるスパイ行為は無い。」と、発表したものの、その後も捜査は止まず終戦までに5438人(主に日系一世)が検挙、検出された。
日本にコネクションのある一世が検挙された訳であるが、米国にいる彼等が渡航も容易ではない日本の軍部と繋がっていると言うのは、濡れ衣も良い所である。仮にスパイ行為を命じられていたとしても、米国にいる一世がスパイ行為をするメリットがあるとは、到底思えない。
そして、日系一世が保持している情報など、役に立たないものであろうから、これはもう差別と言っても過言ではないだろう。日系人の地位は総じて低く、こうしたヘイトクライムの扱いを甘んじて受け入れるしか他に方法が無かった。
捕らえられた日系人は、戦時下日系人強制収容所と言う全米各地で作られ、強制収容所に関しては米国国籍である日系二世も対象者となった。ドイツやイタリア系米国人には実施しなかった事からしても、米国政府の批判は免れられないだろう。とは言え、日系人にはその不当なヘイトクライムに抗う手段が、無かった事も確かである。力による現状変更をやったのは、米国政府も同じである。




