差別①
ところでこの期間、B中隊から25人が選ばれて仲間の日系人にすら、内緒で姿を消している。消えた彼等に与えられたのは、信じられない程の差別的な任務であった。
マッコイ基地にいた時に、任務を与えられないまま、突然メキシコ湾上のキロット島に送られ、軍用犬を出血するまで叩く事を命じられる。そうする事で犬が日系二世兵の臭いを覚え、憎む様に仕向けた。
その上で上官は、犬に向かって「あいつらを殺せ!」と、怒鳴っている。防具は着けていたが、完全に犬の生き餌であり、日本兵にだけ食い付く軍用犬を米国陸軍は育てていた。
最終的にこの計画は、「効果不明」で実行には移されなかった。だが、25人の日系二世兵士は、4ヶ月間「犬の生き餌」として、メキシコ湾の小島に閉じ込められた。同様のヘイトクライムは、後年米国東海岸メリーランド州のリッラー基地でも起きている。
20人の日系二世兵士が集められ、「日本の軍服を来て、日本軍の武器を持ち、太平洋に出征する米国兵士の前で行進しろ。」と、命じられた。要するに生きた見本である。「それが、負傷兵である君達に出来る唯一の国家への忠誠である。」と。
れっきとした米国兵士であるにも関わらず、日系二世兵士達は、日本兵の真似事をされ、「万歳!」と叫ぶ事を拒否したが、その後リッチー基地で日本兵の軍服を無理矢理着せられた日系二世兵もいたという。
まだまだ日系人も二世も社会的地位が、低かった時代の事であり、この頃の日系二世兵士達は恵まれた環境にはいなかった。いや、寧ろこれだけの差別をされている訳だから、日系二世兵が地位向上の為に動き始めたのは、不思議な事ではない。マイナス点からの過酷な出発であったが。
いずれにせよ、正規の米国人として、認められる為には、戦うしかなかった。まだそのスタートラインに立ったばかりであり、これから日系二世兵達は、熾烈極まる戦いに身を投じる事になる。




