徴兵
ハワイを含む全米で、第一次世界大戦後初の選抜徴兵制度が開始されたのは、1940年(昭和15年)9月の事であった。
21歳以上の男子(後に18歳に変更)が対象であり、日系二世の中で早い時期に生まれた者は、既に徴兵されていた。ハワイにおける対象者は約2000人。彼等は主に米国陸軍の歩兵連隊に配属され、ナショナル・ガード(国土警備隊)の任務に就いていた。
だが、第二次世界大戦が始まると日系兵は「1A (兵役適格者)」から「5A(年齢不適格者)」まである分類の中の、「4C(敵性外国人)」または、「4F(兵役不適格者)とみなされ、日系人の新規入隊も中止された。(選抜徴兵局が以上の事項を決定したのは、翌年9月だが開戦直後に各地の徴兵局に判断を委ねた為、実質的にこのような扱いとなった。)
日米開戦時ハワイには、全人口約40万人のおよそ約40%にのぼる約15万8000人もの日系移民がいたことから、日系人を徴兵しないのは、戦略的に見ても得策ではなかった。
戦局が進むにつれ消耗部隊が必要になるという事もあって、再び徴兵が開始されるのだが、これが思わぬ結果をもたらす事になる。戦争に参加出来ず蚊帳の外にあった日系人は、歯がゆい思いをした。特に日系二世は、米国国籍があるにも関わらずこの様な待遇になった事で、地団太を踏んでいた。
例え祖先の母国が敵であっても、自らの母国に忠誠を誓う覚悟はあった。多くの日系人は、日本人の血を引いた米国人であると考えていた為、米国の為に戦う義務があると考えていた。日系一世は純粋な日本人であり、日本人的な考え方や和の精神を残しているため、戦争に子息を送るのには消極的であったが、日系二世は、米国人の気質や心づもりを持ち合わせていた。




