アルノ・ライン
二世部隊は、尚も北上を続けた。1944年6月26日夕方、二世部隊の目標であった高地を占領。奪い取ったのは、先輩格の第100歩兵大隊であった。このベルベデーレの戦いと、直後のサセッタの戦いでの活躍が評価され、二世部隊は最初の大統領部隊感状を獲得した。
大統領部隊感状は、部隊に与えられる最高位の勲章で、第100大隊はその後も二度に渡りこれを授与されている。
セシナ川を超えるとアルノ・ラインにぶつかった。南北に長く東西に短い、しかも山岳地帯の多いイタリア半島は、誠に防御戦に適している。
アルノ・ラインとは、ドイツ軍がアルノ川西海岸のリグリア海に注ぐ付近から、南北を背骨の様に走るアペニン山脈に沿って築いた約120㎞の防衛線である。このアルノ・ラインを超えるとフィレンツェが堕ちる。またしても、高所を陣取るドイツ軍との間で激しい戦闘を続けながら、勝利を続け米軍は欧州戦線において、存在感を示し続けた。
彼等が存在感を示し続けて来られたのは、特殊な技能があったからではない。どんなに仲間を失っても、自らが傷付いても、彼等が日系米国人としてのプライドを保つ為には、前進し続けるしか選択肢はなかった。黒人がキング牧師の先導により米国での地位向上を獲得して行ったように、二世部隊は第二次世界大戦を通じて、自らの地位向上を、確かなものにしようとしていた。
皮肉にも、日系米国人の地位が米国社会の中で、確固たるものになるのは、戦後の事であるのだが、第二次世界大戦での活躍が無ければ、今でも日系米国人は、日本のみならず人種として認められてはいないだろう。




