初めての挫折
セレア「どうじゃ! 初めての生精霊ライヴは。早速感想を聞かせてもらおうかのう?」
ひとこ「……」
紫電「……」
タオナン「……どうもこうもないわよ、認めるしかないでしょ」
セレア「ほう、何を認めるのじゃ?」
タオナン「次元が違うって言ってるのよ! あんなの勝てるわけないじゃない……! 変わった力のある妖怪や、体力が自慢の鬼なら対抗できるのかもしれないけど、一般人のアタシやひとこじゃどうしようもないわ! アタシ達の中で特殊なのは紫電だけなのよ!?」
紫電「お、鬼だってタフなだけで精霊みたいな特別な力があるわけじゃないぜ……! こんなの見せられたら、心だって折れる……。ファンの目線だったらすっごい楽しいだろうけど、俺たちはもうアイドルだ……。なのに、どれだけの差があるのかすらわかんなかった……」
セレア「ふふふ、珍しく随分と弱気じゃのう。言葉に勢いもないのじゃ。二人とも、いつもの跳ねっ返りはどうしたのじゃ?」
タオナン「……アタシだってそれなりに冷静に考えてるのよ。精霊は元々自然のエレメンタルと対話が出来るっていう特殊な人たちだってことくらいは知ってたけれど、まさかアイドルのライブでエレメンタルを利用するなんて驚いたわ……。だけどアタシが言いたいのはそこじゃないの」
セレア「む……!!」
紫電「え、タオ、それって一体どういうことだ?」
タオナン「いい? 精霊としての能力、それは確かにズルいと思うわ。でもやってることは歌を『最高の形で伝達しているだけ』でしょ? つまり、『元』が違う。精霊だから凄いんじゃない、『元が凄いのに精霊の能力まである』のよ。そこいらの名のあるプロアイドルと比べても一枚上手、どころか、10枚、20枚も上手なのよ、烈火は。普通のステージですら勝ち目なんてないでしょうね。私たち研究生だけじゃなく、プロアイドル全体の話よ」
セレア「(タオナン……思った以上に良く観ておる……。がさつに見えて冷静、目の付け所も鋭いのう……。大企業の令嬢ゆえに、審美眼や洞察力が身に付いておるのじゃな)」
ひとこ「……才能が無いと、やっぱりアイドルは向いてないのかな……」
紫電「ひーちゃん……」
セレア「……(こっちは傷が深いか……。無理もないのじゃ。ひとこはバランス型……総合的にそつなくこなせるということは、つまりどの才能も平凡ということ……。アマの世界でそれは強みじゃが、プロとなると話はまた別なのじゃ。少々強引じゃが、アイドルの世界がどのようなところなのか実感出来たようじゃな……)」
烈火「せーれーあーにゃーんっ!♪」
セレア「の、のじゃっ……!? 烈火っ!?」
ひとこ「烈火さん!? なんでここに!」
烈火「むっふっふ~、ライヴの余韻に浸ってみれば、ライバル電波がバリバリ三本! そんなに呼ばれちゃもう来るしかないし? あ~! セレアにゃんの子猫ちゃん達っ!! 声援、あたしの胸にしっかり響いたぜっ! サンキュっ!」
紫電「せ、セレアにゃん……?」
セレア「わらわも初耳の呼び名なのじゃ……っていうか、一体何しに来たのじゃー!」
烈火「やだな~! ……遊びに?」
セレア「帰れ!」
烈火「あぁ~! ひっどいにゃ~んっ!! せっかく猫ちゃん気分の日だにゃん……いいじゃんちょっとくらいさ~、遊ぶにゃ~ん……つんつん……あっはは!! 超やわらかいんですけど!」
セレア「やめるのじゃ! ちょ、ほっぺをいじるでない!! 空気読むのじゃあ!!」
ひとこ「……(あんなにすごい歌を歌った烈火さんが今目の前にいるんだ……。きっと滅多にない機会……私も……私だって先に進まなきゃ……!!)」
ひとこ「……烈火さん、あの……歌のコツを教えていただけませんか……!」
烈火「にゃっ!?」
タオナン「ひとこ!? あんた何言って……」
烈火「……へーえ。いい子狙ったねセレア。こんな目する子、アイツ以来なんじゃないの?」
セレア「……相変わらず、目敏い奴じゃ。そういうところが嫌いなのじゃ」
烈火「お互い様。で、君、名前なんってーの?」
ひとこ「…え? あ、は、はい、霜月ひとこ、です……」
烈火「ひとこ、ひとこねー。うん、覚えた。呼びやすい名前だね、ひとこ。ひとこだから、アドバイスはひとつだけしたげるよ」
ひとこ「えっ! あ、ありがとうございます……(ひとこだからひとつ……?)」
烈火「朝御飯、ちゃんと食べな? そんじゃ、またね、ひとこちゃん」
ひとこ「えっ? あ、あの! それだけ!?」
タオナン「ひとこ、待ちなさい!」
ひとこ「で、でも……」
タオナン「今の意味、わかんない? 烈火はあんたが今日の朝食を食べなかったことを『声だけで理解した』のよ。絶対音感なんてもんじゃない……。誰も気づかないような些細なことを、すぐに気づいて指摘する……それって、『油断してない』って証拠よ。……何でも才能ばかりにかまけてるわけじゃない、やれることは全部やってるのね。悔しいけど……そういう基本的なことができてない今のアタシ達へ言えるのはそれくらいってこと。具体的で的確なアドバイスだと思うわ……」
ひとこ「……!! そ、そっか……うん、そうだよね……。出来ることからちゃんとやるしかないんだ……」
紫電「……あ、そ、そういえば……烈火さん、ひーちゃんが質問したときに誰かみたいだって言ってたじゃんか! あれ、誰のことなんだよ、セレア!」
セレア「それは……うむむ……今は内緒なのじゃ。いずれ話すじゃろうけどのう……」
紫電「なんだそれ、気になるじゃんか……」
セレア「それよりもそなた達、本格的なレッスンは一ヶ月後じゃけど、次の七帝のライブは実は来週なのじゃ。次は二人のアイドルがバトル形式でパフォーマンスを競い合う、いわゆる『対バン』を観に行くのじゃ。それまで自由行動! 今日のライブでドレプロのアイドルの世界を知った筈。各自、色々と考えておくように! のじゃ!」
ひとこ「自由行動……。うーん、どうしよう……かな……」
紫電「ひーちゃん、良かったら俺とダンスの練習しないか…? ウチ、広い道場あるからさ……(ひーちゃんが心配だ……少しでも気分転換になれば……)」
ひとこ「えっ! いいの? やったぁ!!」
紫電「よし、決まりだな! タオも来るだろ?」
タオナン「……悪いけど、アタシはパス。ちょっと忘れ物を取りに家に帰るわ。お誘いありがと。お土産もって来るから」
紫電「そ、そっか……」
タオナン「気を遣わなくて大丈夫よ紫電。あんたのそういうところ、頼りにしてるわ。ひとこをよろしくね」
紫電「!! お、おう!任せてくれ!」
セレア「(……まさかとは思うのじゃが、一番ダメージが深いのはタオナンかもしれないのう……)」
タオナン「(わかってるわよ。冷静ぶっててもどうしようもないくらい本当は焦ってるわ……。こんなとき、いつもテイチョス当たってたっけ……あいつならなんて言うかしら……)」