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11)大司祭の礼拝

 王太子宮にアルフレッドがやってくるのは珍しいことではない。


 今朝は偶然、大司祭も王太子宮にいた。前日の晩、遅くなってしまったため、高齢の大司祭の体調を気遣い、アレキサンダーが一泊するようにすすめたのだ。


「大司祭になって、朝帰りをするようになるとは思いませんでした」

大司祭の冗談にアルフレッドは笑った。

「そろそろ昼も近い頃です。軽食をご一緒されませんか」

「お邪魔してよろしいのかな」

「大司祭様であれば、いつでも歓待いたします」

アレキサンダーも微笑む。


「いやはや、年寄りが疲れて長居しただけですのに、歓待いただいて申し訳ない。お手間をかけますが、礼拝堂にご案内いただけますかな。司祭の務めである日々の礼拝を欠かすわけには参りません」

「でしたらぜひ、ご一緒させてくださいませんか。お邪魔でなければ、大司祭様とご一緒に、お祈りをいたしとうございます。私もこの子も心強いですわ」

グレースがそっと腹に触れた。

「おぉ。それでしたらぜひ。祈りを捧げさせてください」

大司祭が微笑んだ。

「ローズ、あなたも一緒よ。ソフィアのようにあなたはこの子のお姉さんになってね」

「はい」

警護のためにロバートとヴィクター、アレクサンドラが随行した。


 幼いソフィアはミランダと一緒に留守番になった。お転婆な幼子達は、走り回る腕白な小姓達に背負われ、ご機嫌だ。お祈りに参加出来るのはまだ少し先だろう。乳母のブレンダと護衛達が付き添っていれば問題はない。


 その日、大司祭は礼拝堂で、ロバートとローズのために、神へ二人の結婚を報告する祈りを捧げた。書類にロバートとローズが署名し、二人は夫婦となった。


 孤児で身寄りのなかったローズに家族が出来た。


 結婚の際、貴族は互いに揃いの装身具を送ることが多い。突然の式では、装身具の用意などなかった。


 ロバートとローズは互いの指に、それまでは首から下げていた婚約指輪を嵌め、口づけを交わした。抱き合う二人をアレキサンダーは、感慨深く眺めていた。


 昨夜、大司祭は、ローズが貴族に利用されないようにするために、ロバートと、すぐに結婚してはどうかと提案したのだ。使用人と孤児の結婚を、貴族を相手に公表する必要などない。何もなければ、予定通り、ローズが十七歳になる次の春に式を執り行い、周囲に結婚を周知すれば良い。何かあれば、結婚しているという事実を公表すれば、牽制になる。重婚は禁止だ。貴族はローズを駒にできない。

 

 奇抜な提案に、反対するものはいなかった。大司祭は提案したあと、教会に婚姻を届け出るための書類がないと慌てた。普段は、お付きの者が用意するのだろうし、教会だから当たり前にあるのだろう。


「ご自身のことに、あまり関心がないロバート兄様のことですから」

「親族の私達が補佐しませんと」

ヴィクターとアレクサンドラが、満面の笑みで書類を差し出して来た時の、唖然としたロバートの顔は、面白かった。


 昨夜のことを思い出してきたアレキサンダーの耳に、囁き声が飛び込んできた。

「前と同じ職人でよいかな」

「えぇ。意匠が似たもののほうが、一緒に身に着けやすいですから」

アルフレッドとグレースが小声で相談していた。

「私達も、お話に入れていただいて良いでしょうか」

アレクサンドラの声も聞こえた。

「ロバートの意見を聞くのには、君達が居たほうが良いだろうね。もちろんだ」

どうやらヴィクターも一緒らしい。


 アレキサンダーは嬉しかった。ロバートに家族が出来た。


 アレキサンダーが生まれた時から一緒にいる、最も身近な乳兄弟ロバートと、ロバートの想い人であるローズの結婚を、アレキサンダーの身近な人々が祝福していることも嬉しかった。


 盛大に祝ってやりたいが、今はそれが出来ないことが悔しい。それに盛大にとなると、新郎であるロバートの気苦労が増えるだけだ。


 突然の式だが、二人が幸せなら、それでいいのかもしれない。


 ローズが背伸びして、ロバートの耳元でなにか囁いたのが聞こえた。頷いたロバートがローズを抱きしめ、つま先立ちだったローズの身体が宙に浮く。


 アレキサンダーは、ローズが王太子宮に来た頃を思い出した。ロバートはローズの両脇に手を入れ、軽々とローズを抱き上げていた。ロバートは、何処へ行くにもローズの手を引いて、小さなローズの歩幅に合わせ、ゆっくり歩いてやっていた。その後ろに小姓たちが付いて歩き、鴨の親子の行進のようで、グレースと一緒に笑った。


 ロバートを、この世に縛り付ける枷が欲しい。


 当時、父アルフレッドが口にしていた言葉だ。母を失い、歴史ある一族本家の最後の一人となったロバートは、孤独だった。アレキサンダーに忠実で、部下に優しかったが、誰も寄せ付けない何かがあった。孤高の人だった。


 そのロバートに妻が、家族が出来たのだ。

「父上、私だけ除け者にしないでください」


 アレキサンダーはアルフレッドに一言断ると、今日の祈りを提案してくれた大司祭に礼を言おうと歩み寄った。


「感無量です」

大司祭の目に涙が光っていた。

「あの小さかったローズ様が、ご結婚なさるなど、随分と大きくなられていや、今もお小さいですが、大きくなられましたが」

矛盾したことを言って慌てる大司祭に我慢できず、アレキサンダーは笑いだしてしまった。


 ローズを抱き上げていたロバートも肩を震わせている。

「ロバート」

相変わらず宙に浮いたままのローズが、抗議しようとしたが、ロバートに横抱きにされてしまった。

「幸せです。とても。ありがとうございます」

アレキサンダーも見たことがないくらい、晴れ晴れとしたロバートの笑顔だった。

「本当にありがとうございました」

ロバートと、その腕から降りたローズが並んで立った。新郎新婦は、美しい礼を披露した。


「あなたたちの幸せが一番よ」

グレースがローズを抱きしめた。

「小さなローズ、あなたが幸せそうで、私は嬉しいわ」

ローズを抱きしめたままグレースがロバートを見た。

「当初の約束はかわりません。結婚したとは言え、十七歳になるまで手出しは許しませんよ」


 ロバートとローズが婚約したときと同じ言葉を、グレースは口にした。

「承知しております」

ロバートは幸せそうな笑みのまま、グレースの言葉を受け入れた。アレキサンダーの記憶では、ロバートは、早く結婚したいと食い下がっていたはずだ。記憶との齟齬にアレキサンダーは首を傾げた。


「意味はわかっているのでしょうね。もともと十七歳の春に結婚すると公表していましたから。結婚の予定を早めて、そうそうに孕んだとなれば、ローズの貞操が疑われます。おまけにローズは小柄です。少しでも背丈が伸びてからのほうが、安心です」

「全て承知しております」

「あなたの場合、そもそものことを、わかっているのか疑わしいわ」

グレースの言葉に、大司祭が小さく頷いた。

「恐れながらグレース様、私は子供の頃、アレキサンダー様と同じ教育を受ける機会に恵まれました」

ロバートにも、何の話題かわかったらしい。遠回しながら、閨に関しても教育を受けていると言いたいのだろう。


 グレースは暫く沈黙した。

「学んだこと全てが、実行できるわけではないわ。いえ、この場合実行できないほうがよいのかしら」


 グレースの言葉に、赤面したのはロバートの方だった。ローズは、顔を隠したいのか、ロバートに抱きつき、ロバートの胸に顔を押し付けている。珍しくない光景だが、閨の話の後では、少々いつもと違って見える。


 アレキサンダーは、普段の余裕綽々なロバートを見慣れている。(うぶ)なロバートは、本当に面白い。

「ローズが十七歳になるはずの春までは、白い結婚であれと仰っておられることは理解しております」

顔が赤い自覚があるのだろう。ロバートは口元を手で隠していた。

「そう、それでいいのよ。それで」

赤面したロバートに、グレースは驚いたのだろう。目を丸くしていた。


 ロバートよりも若い、ヴィクターとアレクサンドラの方が平然としている。


「庭に戻りましょう。あまり長居しては不自然です」

(うぶ)なあまりグレースの言葉に動揺していても、ロバートはロバートだった。


 どこに目があるかわからない。人を貶める噂を立てる者などいくらでもいる。二人の結婚を、表沙汰に出来るのはまだ先だ。礼拝を装った式に出席した者達以外には、秘密にされた結婚だった。


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