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8)執務室

 ロバートが不在の執務室で、アレキサンダーは、フレデリックに訴えられていた。

「あまりに険悪な雰囲気で、僕は本当につらいです」


 ロバートは、バーナードとリラツ王家第二王子の歓迎式典の打ち合わせのため、王宮に何度も出向いている


 アレキサンダーは、ロバートとバーナードの打ち合わせに同席するのは、自分以外の誰かにしてくれと、フレデリックに懇願されていた。


「本当に険悪な雰囲気なのです。親しげに話しかけられるバーナード様と、冷徹なまでに事務的な口調を崩さないロバート様に挟まれて、僕は辛いです。気がおかしくなりそうです」


 ロバートは相変わらずバーナードを毛嫌いしていることを隠そうとしていないらしい。ロバートのことだ。私情を抑え、仕事は仕事と割り切って対応しようとしているのだろう。抑えきれない殺気が、フレデリックを巻き込んでいるようだ。

「僕、ついうっかり、そこまでバーナード侍従長を嫌わなくても良いんじゃないかって、口にしてしまいました。事情があると、ロバート様に一喝されてしまいました」

 

「それは、お前は口にすべきではなかったな」

アレキサンダーは、お前が悪いといいかけて、やや穏やかな表現に変えた。


 フレデリックも王太子宮に務めて、それなりの年数も経っている。事情を知らないわけがないだろうに、ロバートの逆鱗に自ら触れたのだ。一喝は当然だ。それでも不本意だというならば、あの下半身に品位がなく、強欲なバーナードの肩を持つというならば、フレデリックの品位を疑わねばならない。


 あるいは、情報収集が甘いのかもしれない。アレキサンダーが注意しようとしたときだった。  


 アレキサンダーよりも先に、少々素行にまだ問題がある小姓達が口を開いた。

「お前さぁ、母ちゃんほっぽらかして、愛人相手に腰ふってた親父を尊敬する息子がどこにいるんだよ」

腰をふる卑猥な仕草で、バーナードと愛人達との逢瀬が何であったかを示している。


「のっぽはさぁ、大事な母ちゃんも、のっぽも最低な親父のせいで苦労してんだろ。あのクソ親父、ローズも泣かせたっての聞いたぞ。俺なら、ぶん殴ってる。殴らないだけ、随分マシじゃねぇか」

もう一人は、腕を振り回した後、誰も居ない壁に向かって蹴っている。それなりに鋭い蹴りだ。口では殴ると言っているが、それだけでは足りないのだろう。よほど腹に据えかねているらしい。孤児院育ちの小姓達は、生来の乱暴な口調のままにフレデリックに文句を言った。


「ロバート兄様の尊敬する御母上を、随分蔑ろにしておられたことは有名ですよ。フレデリックさんも、気を利かせて、ついうっかり、冷めすぎたお茶を提供されてもよろしいのではありませんか」

ヴィクターまでもが丁寧な口調で参加していた。

「お、お前、それいいなぁ」

「どうせなら、頭から、こうさぁ」

アレキサンダーが、誰から何を注意したものか、迷っている間に、小姓達がヴィクターに賛同した。


「ポットごとさぁ、こう、頭の上からやれよ。ちょっと躓くだけだろ」

小姓達は身振り手振りで、矮小な嫌がらせを口にし、フレデリックに要らぬ助言を始めた。


「止めておけ。それをすると、立場上、ロバートがあの男に頭を下げることになる」

アレキサンダーは、礼を守ることの必要性を教えることにした。非礼は、相手に付け入らせることになる。


「それじゃぁ、のっぽに迷惑だなぁ。仕方ねぇ」

「言葉遣いも、気をつけるべきだ」

小姓達は、覚えたはずなのだが、すぐに下町の言葉遣いに戻ってしまう。


「君達が乱暴な口調で話しているのを誰かにきかれると、王太子宮の近習の筆頭であるロバートの教育が出来ていないということになる。お前達の教育もロバートの責任の範囲内だ」


「のっぽじゃねぇ。ロバート様にご迷惑をかけてしまうのであれば、控えさせていただきます」

「アレキサンダー様から直々にご指導をいただきありがとうございました」

途端に小姓達が口調を変えた。


 王太子宮に来たばかりの頃、生意気にも子供ながらに、一人前の口を利いていたローズは、周囲にくらべて相当にお行儀の良い子供だったのだろう。


「ロバート兄様にご迷惑をおかけするわけには参りませんので、控えさせていただきます」

小姓達に続いて、ヴィクターが手本のような返答とともに一礼して、執務室は静けさを取り戻した。


 ヴィクターと、血気盛んな小姓達は、仲が良い。小姓達が、ヴィクターから良い影響を受けて欲しいとアレキサンダーは思う。


「他の方法を考えたらよいのです」

どうやら、静けさは戻ってこないらしい。ヴィクターが、ロバートによく似た、人の悪い笑みを浮かべた。

「のっぽ、じゃなぇ。じゃない。ロバート様にご迷惑をかけない方法を考えたら、よいということですね」

若い三人が目を輝かせて何やら相談を始めようとしていた。


「君たち、それはよくない。止めなさい」

トビアスが忠告しているが、説得しようという気概が感じられない。あまりにおざなりな口調での忠告は、忠告したくないというトビアスの本心が表れすぎている。


 自身も腕白だったと自ら認めるエドガーであれば、説得できるかもしれないが、エドガーは一家で南にいる。やや破天荒なエドガーを、真面目なロバートが重用していた理由を、アレキサンダーは察した。


「お気持ちはありがたいですが、あなた方の手を借りる必要はありません。私自身が、やる必要があることですから」

静かに部屋に入ってきたロバートは穏やかに、腕白達を止めた。

「ロバート様がそうおっしゃるのでしたら」

小姓達がしおらしい言葉を口にした。


 ロバートは、小姓達の返事に満足したのか、書類をアレキサンダーに手渡すと、また執務室から出ていってしまった。気を静めにいったのだろう。


 ロバートはロバートで難儀な男だ。


 扉が閉まっていることを確認してから、小姓達が口を開き始めた。

「片付けるってことだよな」

「やると仰っていました」

「あれは()る殺気だと、俺は思うよ。俺、何なら手伝いたいけどなぁ。あのくそ親父、許せねぇもん」

腕白の手が、()るという言葉に合わせ、首を跳ねる仕草をした。


「違うと思いたいですが。その前に、言葉遣いがまた乱れています」

アレキサンダーは、最近ヴィクターが、ますますロバートに似てきたと思う。

「始末されるのであれば、喜んで、えっと、お力になりたいのです」

小姓の言葉に、ヴィクターが微笑んだ。

「はい。私もそう思っています」

 

 勝手な憶測をもとに会話をする小姓達の近くで、生気のないフレデリックが、血の気の引いた顔で立っていた。


「君たち、()るとか、お力になるとか、ちょっとあの、控えてはどうかな」

フレデリックの言葉に、ヴィクターが微笑む。

「フレデリックさん、何を勘違いしておられるのか、存じ上げませんが。筆頭のロバート兄様のお仕事のお手伝いをするのは当然ではないですか」


 ヴィクターの言い訳は、ロバートにそっくりだった。



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