7)ロバートとバーナード
人の頭は一つであり腕と脚は二本ずつしかない。
いい加減にしてくれと叫びたい事態にロバートは見舞われていた。ロバートは、長くライティーザの政に関わってきた一族の一員だ。先祖代々、修羅場など何度もくぐり抜けてきた。まだまだ甘かったのだと思い知らされていた。少なくとも一つは完全にロバート自身の責任だ。
長年、身近な問題を放置していたのだから、完全にロバート自身が悪い。理解できないのは、今の時期なぜ、問題の根源であるバーナードが自らロバートに関わろうとしてきているかだ。
リラツ王国からの表敬訪問が、近かった。西のリラツとの国境地帯は、冬の気候が厳しい。雪で道が閉ざされるほどではないが、長旅には適さない。もうあまり時間がなかった。
王宮侍従長バーナードは有能だ。一族の中でも実務に長けた男であることから、母アリアの夫として、王宮でアリアを支えるために選ばれた男だった。それが、愛人に溺れ、汚職まみれとなるとは、一族の誰もが予想していなかっただろう。仕事の才覚がなければ、とうの昔にすげ替えられていた首だ。
母を裏切り続けた忌々しい男との時間は、ロバートを苛立たせた。
何度目かの気の重い打ち合わせを終えての帰りだった。
「あの、ロバート、僕がこういう事を言うのは何ですが」
フレデリックが、おずおずと口を開いた。
「バーナード侍従長と、もう少し、その、打ち解けていただくわけにはまいりませんか」
先程までの苛立ちを思い出し、ロバートは、フレデリックを睨みつけてしまった。
「いえ、あの、あの、だから、別に仲良くとか、そういうのではなく、殺気が怖いので」
「殺気ですか」
フレデリックの言葉は、ロバートには少し意外だった。
「怖いです」
フレデリックの後ろでは、小姓達が頷いている。二人とも、ローズと同じ孤児院で育った。生き延びるためにあまり褒められないことをしていた時期もあり、用心深さと豪胆さを兼ね備えている。剛毅な二人が怖がるほど殺気立っているとは意外だった。
「あんな殺気を向けられて、平然としているバーナード侍従長はどうかしています」
「どうかしているという点に関してだけは、同意しておきましょう」
思っていたよりも、冷たい自分の声にロバートも内心驚いた。
「あの、なぜそこまで嫌っておられるのですか」
少々素直すぎる疑問をフレデリックが、口にした時、馬車が王太子宮についた。
「事情があるのです」
ロバートは、詳細を他人に教えるつもりはなかった。
王太子宮に戻ったあと、ロバートはバーナードから受け取った資料を整理した。本来なら、すぐに執務室に戻り、普段の業務に取り掛かるべきだ。だが、バーナードと過ごし、苛立ったまま執務室に向かうと部下を萎縮させてしまう。
最近は、資料を整理しながら、胸の内が静まるのを待って、執務室に戻るようにしていた。
ロバートは、バーナードなど、顔も見たくなければ、声を聞きたくもなく、口をきくのも嫌だ。だが、バーナードの知識は重要だ。一族が長年かけて積み上げてきた知識を、バーナードは引き継いでいた。
引き継ぐ相手を間違えた先代の侍従長に文句をいってやりたいが、既に故人だ。
知識がロバートに渡れば、バーナードは一族にとって必要がない。ロバートがバーナードを始末したところで、何ら問題は無くなる。そう思って苦痛でしかない時間をやり過ごしていた。
母アリアを殺した凶器であるストールは、バーナードの名で送られてきていた。殺害をするならば、自らの名など記すはずがない。そういう声もあった。だが、バーナードの名があったから、母アリアは、あのストールを羽織ったのだ。
ロバートが王都に来たのは十六歳頃だった。初めて会ったバーナードは、一族が重い口を開いて語ったとおりの男だった。
愛人を次々と取り替え、口利きや袖の下に溺れる裏切り者だった。ただ一人、王都を離れアレキサンダーとロバートを育て、亡くなったアリアへの労りもなにもなかった。
自らと良く似た容姿から、バーナードを自らの父親と認めざるを得なかった。
父であってほしいと願うアルフレッドと、ロバートは、何一つ似たところがない。アレキサンダーが羨ましかった。
バーナードの名を騙ったにしろ、バーナード自身の手によるものであったにしろ、あのストールが、母アリアを殺したのだ。バーナードがアリアを妻として丁重に扱っていれば、アリアは軽んじられることはなかった。王子の暮らす屋敷への品物だ。品物の一つ一つを丁寧に改めれば、王宮で気付いたはずだ。凶器となったストールがあの屋敷に届くこともなかった。
直接手を下していなくとも、バーナードは母アリアを殺したのだ。ロバートは、母の敵をとりたかったが、アルフレッドに涙ながらに止められ、バーナードを殺さないと誓わされた。だから生かしてやっている。それだけだ。
フレデリックや、小姓達のなかでも剛毅な者達が怖がるほど、自らが殺気立っている自覚などロバートにはなかった。
「あの男も、随分と図太いということでしょうか」
式典の準備は順調に進んでいる。続けて、春の園遊会の準備の打ち合わせも始まることが、決まっている。
業務の引き継ぎが進めば、バーナードの存在価値は薄れていく。バーナードを仕留めるのをためらう理由は無くなっていく。
バーナードが何を考えているか、ロバートには理解できない。理解したいとも、理解しようとも思わない。
必要なのはバーナードが受け継いだ知識だ。バーナードではない。アルフレッドに誓ったため、バーナードの首をとることはできない。だが、王宮侍従長の挿げ替えは可能だ。
首を狩らずとも、王宮から放逐し、バーナードが野垂れ死にするのにまかせればいい。貴族社会の片隅で使用人として生きてきた男には、市井で生き延びる才覚などない。ロバート自身にも当てはまることではある。イサカの町にいたころ、思い知らされた。
「人が足りませんね」
先の戦で、一族は、多くの犠牲を出した。何をするにしても、適切な者がいない。
「死人を生き返らせることも出来ません」
ロバートは執務室に戻ることにした。愚痴を口にしたところで、何も変わらないのだ。




