6)奇妙な笑顔
アスティングス家の令息二人が歓迎されなかった理由は、一つではない。
招かれざる二人の客を出迎えた暫く後、ロバートは不本意な招きに応じていた。同行を命じられたフレデリックは、居心地の悪い思いを味わっていた。フレデリックの他は、小姓達だけだ。
「ご用件は」
ロバートの真正面には、良く似た顔立ちの男、バーナードがいた。
フレデリックは、初めて目の前でバーナードを見た。少し痩せたが、武官としても通用するロバートと比べると、随分と見劣りする体格の男だった。背丈が同程度に高いと言うだけだ。ロバートは白髪だが、バーナードの髪は年齢にも関わらず茶色い。フレデリックの父が白髪交じりであることを考えると、染め粉で染めているのかもしれない。
フレデリックは、ロバートを筆頭に王太子アレキサンダーに仕えていて、本当に良かったと思う。サンドラとの結婚だけでなく、父のことも二人は助けてくれた。
「リラツ王国から現第二王子殿下がいらっしゃる。そのための式典を準備せねばならない。最近辞めたものが多くて、手が足りない。王太子宮から、お前も含めて手が借りたい」
バーナードの口から、ロバートそっくりの声で、予想外の言葉が紡がれ、フレデリックは驚いた。小姓達は落ち着いているが、それは事情がわかっていないからだろう。
王宮侍従長バーナードと、息子ロバートとの不仲は有名だ。本来ならば、腕の立つエリックかエドガーが、この場にいるべきだ。ロバートがバーナードを仕留めるか、バーナードの手のものがロバートに危害を加えるか、何れにせよ対応できるのは、あの二人だ。次に有望なのはヴィクターだ。
エドガーは妻メアリと子供たちと南にいる。エリックは王都のアレキサンダーと、南のエドガーの間を行き来している。アレキサンダーの警護は、ほとんどヴィクターが担っている。
世間的には人並みの腕前であるフレデリックでは、荒事には役に立たない。今日も数合わせで参加している。自分を基準にするロバートに、フレデリックは、有事には走って逃げろと命令されている。フレデリックの役割は、いざとなったら逃げ出し、父親の男爵としての身分を使って助けを呼ぶことだ。
時間稼ぎは、数年前まで下町でやんちゃをしていた小姓達の役割だ。言葉遣いを取り繕うことがまだ出来ない小姓達は、元は孤児だときいた。小姓達の教育係となっているフレデリックは、ローズはお行儀が良かったのだと、今更だが、感心していた。小姓達は、腕前はこれからだが、何より度胸があるとロバートから聞いた。フレデリックは、度胸とは無縁だ。
フレデリックはなるべく関係ないことを考え、部屋の背景となることを心がけていた。フレデリックの父親は正真正銘の貧乏男爵だ。だが、貴族は貴族だ。貴族同士の腹のさぐりあいがどういうものかは、貧乏男爵の息子であってもよくわかっている。部外者は、石像と化すのが正しい。部屋の背景となり、存在を消すのだ。
「人手とおっしゃいますが。今までは特に、式典は滞りなく行われていました。突如人手がたりないとおっしゃいますが、理由は何でしょうか。王太子宮も人が足りているわけではありません」
ロバートは断りたいらしい。フレデリックもぜひ断って欲しい。フレデリックは断ってくれという祈りを込めて、目の前の背中を見つめた。
「退職するものが多くでて、手が足りない」
「王太子宮を手薄にするわけには参りません」
頑張ってくれ、断ってくれ、不仲な父親の身勝手な頼みを無視してくれと、フレデリックは、不機嫌を隠そうともしていないロバートの背中に願った。有象無象がひしめき、バーナードを頂点に贈収賄が盛んな王宮など、貧乏男爵の息子であるフレデリックには無理だ。
「国賓の表敬訪問というのは、大変に珍しい。式典の次第を、お前に引き継ぐようにという、国王陛下からのご命令だ」
衝撃的なバーナードの言葉に、フレデリックは負けを悟った。ロバートは、国王アルフレッド陛下の命令には絶対に従う。意見することはあるが、命令に逆らったことはない。
「アルフレッド様に、確認させていただいてから、返答させていただきます。こちらも、人の配置を考えねばなりません。即答はいたしかねます」
ロバートの声は、身内とは思えないほどの余所余所しい冷たい響きだ。言葉だけでバーナードを切り刻みそうだ。
「あぁ、構わない。よい返事を待っている」
思いもかけなく柔らかい口調で答えたバーナードに、フレデリックは驚いた。二人の不仲は有名だ。嫌味の応酬で、あのエリックですら聞いていて疲れると愚痴をこぼしていたほどだ。
「失礼いたします」
ロバートは恐ろしく冷たい口調のままだった。ロバートの態度は、息子と父の会話とは、思えない。
不仲という前評判とは真逆の、親しげなバーナードの態度が、フレデリックには奇妙で、不気味だった。




