3)妹と兄達
アスティングス侯爵家のウィリアムとウィルヘルムが、ロバートを見舞いに来るという知らせに、グレースは微笑んだ。
「まぁ。そうですの。アレックス、教えてくださってありがとうございます。妹の私も、御兄様達のお出迎えをしなければなりませんね」
グレースは優しい口調で、微笑みながら言葉を並べていた。隣では、サラが微笑んでいる。二人とも微笑んでいるが、どこか寒々しい。
アレキサンダーは、ロバートと顔を見合わせた。
「グレース、お出迎えと言うが、本当にお出迎えだけのつもりだろうか」
「アレックス。妹の私が、御兄様達に何を申し上げることがございましょう。ですが、アレックス、わざわざ王太子宮までご足労を頂いたのですもの。妹の私から、お兄様達に、お礼を申し上げるのが道義ですわ」
グレースは笑みを浮かべたままだ。
「私、兄達の所業を知りながら、何もいたしませんでした。何も出来ないと思っておりました。それではいけなかったのだと、思い知りました」
グレースは傍らのサラをみた。
「私を育てたのはサラです。サラは騎士一家の娘です。良いものは良い、悪いものは悪いと、私に教えてくれました。家を継ぐことのない私は、兄達と違い、当主となるための教育も受けませんでした」
グレースの言葉通りであることは、アレキサンダーもロバートも知っている。王太子妃、いずれ王妃となるための教育は、グレースがアレキサンダーと婚約してから始まった。教育の開始時期は、比較的遅かった。
教育係達は、極端な選民意識のような歪んだ思想を植え付けられていないので、問題ないだろうとアルフレッドに進言していた。教育係達の言葉通り、グレースはいずれ国母になる女性として、ライティーザ王家の慈善事業に深く関わり、実家であるアスティングス家に不当な便宜をはかることもない。
「兄達を養育したのは、アスティングス家に代々仕える家令の一族でした。使用人たちの噂は、妹の私の耳にまで、届きました。兄達は何をしても叱られない。兄達の告げ口で、自らの立場が危うくなることを恐れているから、わがまま放題だ。というものです」
グレースが語る噂は、ロバートがかつて耳にしたものと同じだ。
「私も子供でした。駄目なことは駄目と、サラに叱られる自分と比べて、当時は、我儘放題の兄達を羨ましいなどと思ったものです。子供ならではの、浅はかさですわ」
ウィリアムとウィルヘルムを育てた者は、優秀な主を育てるというよりも、当主の息子達の養育で、自らの立場を危うくしないことに熱心だったらしい。ロバートは、現当主であるフィリップが受けていた教育も気になった。
「サラに育ててもらえたことは、私にとって本当に得難き幸せでした。気付いたのは、アレックス、あなたと婚約した後です。あなたは、兄達や父とも全く違います。ロバートを筆頭に、王太子宮の使用人たちから、慕われ、尊敬されていますわ。父と兄達は、使用人たちから敬意を払われています。ですが、根底にあるのは恐れです。似ているようで、全く違います。父も兄達も、暴力などという愚かな方法で人を従えようなど、本当に情けない」
グレースの顔からは笑みが消えていた。
「アレックス、仮に、万が一あなたが追われる身となった時、あなたに仕える者達は、あなたを裏切らないでしょう。逆に、父や兄達に何かあれば、アスティングス家の使用人たちの大半は、躊躇なく裏切るでしょう。私、このままでは、兄達のせいで、アスティングス家が没落するのではと、気がかりです。そのために少し、お話し合いをしたいだけですわ」
妻の実家が没落して困るのは、アレキサンダーも同じだ。新興貴族と王家の融和という、グレースがアレキサンダーに嫁いだ政治的な意味が薄れる。
アスティングス家は、侯爵であり、広い所領を持っている。下手に没落されては、あれたアスティングス家の領地と領民が厄介な事態を招きかねない。
「そういう理由があるのであれば、私も賛成だ」
「二階奥の応接を用意しましょう」
アレキサンダーの言葉に、ロバートが続けた。最も格式高い応接の間だ。
「いいえ。必要ありません。玄関横の応接で十分です」
グレースの言葉に、アレキサンダーとロバートは、また顔を見合わせた。侯爵家の人間をもてなすような部屋ではない。
「人払いをお願いしますわ。嫁いだとはいえ、家族との話し合いですもの。侍女も必要ありません」
グレースはまた、冷たい微笑みを浮かべていた。
「護衛はつけよう」
「そうですわね。護衛はお願いしますわ」
護衛以外は一切不要だと微笑むグレースの要求を、アレキサンダーは受け入れた。
「兄達の騎士道精神に反する行いを見過ごす父も父です。我が父ながら、本当に情けなく、父の娘であることを、私は恥ずかしく思います」
グレースの言葉は、アレキサンダーの胸の奥に小さな棘となって刺さった。
「私は、ソフィアが成長した時に、誇りとなる父でありたい」
成長したソフィアに、情けないなどと言われることを想像しただけで、アレキサンダーは辛くなってきた。
「アレキサンダー様ならば、道を踏み外されることがなければ、可能でしょう」
ロバートの言葉は、アレキサンダーには無責任に聞こえた。
「何故」
「アレキサンダー様、アルフレッド様をどう思われますか」
「なるほどな」
ロバートの言葉に、アレキサンダーは納得した。アルフレッドは、相変わらず、人払いをしては、ローズに“御父様”と呼ばせて喜んでいるが、その他に関しては尊敬している。
「アルフレッド様は敬愛すべき、素晴らしい方ですわ」
グレースも微笑んだ。




