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10)国王の命令

 一日が終わろうとしていた。ライティーザ王国王宮侍従長バーナードは、国王の執務室に居た。バーナードが、王宮に仕える男が手にできる最高の地位、王宮侍従長となり、金にも女にも不自由のない日々を謳歌するようになってから、長い歳月が流れた。


 そのきっかけが、バーナードの眼の前にいる自らの主の裏切りだった。皮肉なことだ。バーナードを裏切って手に入れたものを、この男は喪い、あるいは手元に置くことすらかなわないと思うと痛快だった。

 

 今は手元においているらしいが、少しの間だと思うと、少しくらいはいいかと思えた。どうせまた、手放すことになるのだ。そして、いずれ喪うのだ。


 バーナードは、自らの内の仄暗い復讐心に酔いながら、いつもどおりの報告を済ませた。

「では失礼いたします」

一礼し、バーナードがアルフレッドの執務室を立ち去ろうとした時だった。


「見舞わないのか」

アルフレッドの言葉に、バーナードは足を止めた。

「私が、ですか」

誰をとは、言わない。バーナードは、アルフレッドが誰を指しているのかはわかっている。

「先日、私に噛み付いてきたばかりですが」

亡くなった妻アリアと同じ色のロバートの瞳には、親子の情などなかった。当たり前だ。バーナード自身にもない。そもそもバーナードの子ではない。


「お前が、あの子が大切にしている婚約者に、いらぬことを言ったからだろう」

「事実です」

バーナードの言葉に、アルフレッドは苦い顔をした。

「一度くらい見舞ってやれ」

「ご命令ですか」

なぜ、妻の不貞の子を見舞わねばならないのかという抗議を、バーナードは口に出来る立場ではない。

「命令だ」

「御意」

侍従長の立場など、結局はこの程度だ。バーナードは苦い気持ちで返答した。


 王宮の最奥に、国王アルフレッドの居室と、今は不在の王妃の居室が並んである。誰も使っていないはずの王妃の居室に、人がいることはわかっていた。バーナードと妻アリアの間に生まれたことになっているロバートだ。バーナードは、ロバートを息子と思ったことなど一度もない。ロバートは、バーナードに似ている。だが、アリアとバーナードは遠縁の親戚だ。ロバートは、アリアの伯父達に似ているだけだ。


 あれが息子などであるものか。バーナードは胸の内で呪詛のように、その言葉を繰り返していた。


 バーナードは、裏切った一族本家への復讐のために生きてきた。王宮侍従長という地位を手に入れ、愛人を囲い、口利きの対価に金品を要求した。仕事では、完璧に成果を出してみせた。王宮侍従長としての職務を果たすのに、高潔を旨とする一族の本家の流儀など、必要ないことを証明してみせた。全てが復讐だった。そのためにも、王宮侍従長として、有能であるように心がけてきた。


 一族の誰かが寝首を掻きにくるかと恐れた日もあったが、今もこの首は繋がっている。一族を意気地が無いと、嘲笑ったこともある。所詮、分家のバーナードなど、目に入っていないのかと歯噛みしたこともある。全ては復讐のためだった。


 バーナードは、あの日見た光景を忘れられずにいた。バーナードは、王家と、一族本家に利用されたのだ。バーナードの後ろを歩くのは、陰謀の片棒を担ぎながら、知らぬふりをする恥知らずの王だ。


「ロバートは、私の一人息子の乳兄弟だ。私の乳兄弟達の、たった一人の忘れ形見でもある」

アルフレッドは、白々しい言い訳を口にし、何かとロバートを目にかける。ロバートも、アルフレッドを慕っている。公言出来ないだけで、実の父子なのだから、当然だ。


 バーナードは、利用されたことを憤っていた。一時期は、自分の誤解ではないかと思ったこともある。バーナードは、若い女を次々と愛人にしたが、誰一人として、バーナードの子を宿すことがなかった。愛人だった女達は、結婚すると相手の子を授かっていた。


 バーナードも、自身が種無しなのだと、認めざるを得なかった。種無しのバーナードが、数回閨をともにしただけのアリアとの間に、子をなすことなどありえない。アリアの不義をバーナードは許せなかった。先に裏切ったのは、アリアなのだ。


 分家出身のバーナードに、本家であるアリアの不義を訴えでる場などない。ましてや、その不義の相手は、バーナードがどう足掻いても、逆らうことなど出来ない相手だ。


 不義の子の見舞いなど、冗談ではない。だが、侍従長が国王に逆らうことなど出来ない。

苦々しい思いを胸の内に抱えながら、バーナードは王妃の居室の前に立った。


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