9)涙
熱が下がりきっていないロバートの顔色は悪い。寝台から身を起こしてはいるが、隣に座るローズに支えられている。
無事に帰ってきたローズの顔からは、幼さが消えた。奪われてしまったと感じているのは、エリックだけではないだろう。
ローズは幼い頃から御前会議に参加し、無邪気な発言が許されていた。ローズが成人に近くなっても、その風潮は変わらなかった。ローズもそれに甘えていたのか、時に幼い振る舞いをすることもあった。そんなローズを、ロバートは静かに窘めていた。
「ロバートは、子供でいられなかった」
アレキサンダーは、ローズの成長を待ちたいというロバートの意思を尊重していた。少し幼い無邪気さがどこかにあったローズは、もう懐かしいものとなってしまった。
「お伝えせねばならないことがあります」
ロバートは黙ったまま、エリックに先を促した。
グレース孤児院のシスター長も、ローズの成長を見守っていた一人だ。シスター長はある朝、穏やかに眠ったように息を引き取っているのを発見された。ローズが予定通りグレース孤児院を慰問出来ていたら、二人は会うことができたはずだった。亡くなる前に、ローズの無事を知らせることが出来たと、シスター達からの手紙にあった。それが慰めだった。
シスター長の訃報は、グレース孤児院から王太子宮に届けられ、南にいたアレキサンダーに伝えられた。アレキサンダーと、王太子宮の主だった面々が、南で事後処理に追われていた頃だ。ロバートとローズも、その中にいた。常と変わらぬ様を取り繕い書類に向かう二人を、周囲は見守っていたころだ。
「今、これを伝えるのは、あまりに酷だ」
アレキサンダーは、その場にいたエリックに口外を禁じた。グレースもそう考えたのだろう。ロバートの目に触れない、グレースからアレキサンダーへ宛てた私信に紛れ込ませてあった。
アレキサンダーは、王都に戻り、少し落ち着いた頃にローズに伝え、墓参りのために、ローズをグレース孤児院へ行かせてやろうと考えていた。アレキサンダーの予定を台無しにしたのは、アスティングス家の兄弟のロバートへの暴行だ。
「グレース孤児院のシスター長は、亡くなっておられます。連絡はあったのですが、お伝えする事ができずにおりました」
詫びの言葉を続けようとしたエリックは、ローズが悲しげに微笑んでいることに気付いた。
「ありがとう。エリック。もしかしたらと思っていたの。シスター長様からの御手紙がなかったから。確かめるのが怖かったの。ごめんなさいエリック。あなたに悲しい役をやらせたわ。アレキサンダー様やグレース様にもお気遣いをいただいていたのでしょうね。私から聞けば良かったのでしょうけれど」
ローズの目からこぼれ落ちた涙を、ロバートがそっと拭ってやっていた。
「聞くのが怖かったの」
涙を流すローズを、ロバートはそっと抱きしめていた。
「ご存知でしたか」
エリックの言葉に、ロバートは首を振った。
「ローズが王都に戻ったというのに、シスター長からの御手紙がありませんでした。普段のあの方であれば、御手紙か、代理の方がいらっしゃるでしょう。何かあったのではと、思ってはいましたが」
二人は、察していたのだ。二人を相手に隠し事は無理だと、ヴィクターとアレクサンドラが言っていたことを、エリックは思い返していた。
「シスター長様は亡くなられましたが、ローズ。グレース孤児院には、あなたを大切に思う人が沢山おられます。もう少し、色々おちついたら、また、一緒に行きましょう」
ロバートの言葉に、ローズは頷いていた。
そのためには、王都の治安の改善は必要だ。街道の警備も強化せねばならない。
ローズが攫われて以来、慰問は全て中止されている。その再開が必要だった。南でローズが各地を慰問していたことは、王都にも噂として届いている。
ライティーザの各地から、聖女ローズの慰問を求める嘆願が届いていた。




