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【完結】マグノリアの花の咲く頃に 第四部  作者: 海堂 岬
第十二章 イサカへの視察
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8)墓参り

 <明朝、迎えに来る。ティタイトの戦士として、ライティーザの真の戦士の甥を歓待できることは、名誉だ>

一の王子はそう言うと去っていった。


 明朝、約束通り現れた一の王子の服装に、ロバートは胸をなでおろした。仕立てが良い衣装は昨日からの“私的な面会”の延長線上にふさわしく、華美ではないものだった。私的に偶然会ったというのに相応しく、ロバートの略服とも釣り合う格好だった。


 滞在三日目の予定は、町の施設の慰問だ。ロバート不在でも、アレキサンダーと、聖アリア教会の大司祭に聖女として祭り上げられてしまったローズの二人がいれば、問題はない。


 偶然か、狙ってのことか。ロバートは、ティタイトの情報収集能力に関して考えながら、見送りに来たアレキサンダーに挨拶した。


アレキサンダーの隣に立つローズの装いは、グレースの見立てによる“若い聖女ローズの慰問”にふさわしい可愛らしいドレスだ。以前は、聖アリア教の象徴であるマグノリアの花の白を貴重とした純白のドレスだった。ロバートとローズが婚約してからは、グレースが用意するドレスは白地の各所に緑で装飾をいれている。成人する十六歳に結婚させてはくれないが、グレースは結婚に賛同してくれているのだろう。


「行ってらっしゃい」

「はい」

 ロバートが、軽くローズの唇に口づけたときだった。


<その娘は、嫁か>

ティタイトの一の王子に問われた。

<数年後、私の嫁になる娘です>

ロバートは、婚約者を意味するティタイトの言葉は知らなかった。一の王子が笑った。

<では、戦士の血は続くのか。良いことだ。草原の神は、戦士を好む>


 ライティーザとティタイトは、異なる神を信仰する。敵国の民であっても、戦士というだけで、敬意を払うティタイトの風習は、ロバートにとって新鮮なものだった。


<戦士の甥は、ライティーザの王太子の一の部下と聞いた。私の名誉、一族の名誉にかけて無事に帰そう。その代わりと言っては何だ。それまでのあいだ私の息子を、王太子に預けよう>


 一の王子の合図で、一団の中にいた少年が歩みでた。

<私の末の息子だ>

十歳前後の少年だった。

<あの日、私が死んだら、生まれなかった子だ>

戻らなかった伯父のロバートが、助けた命が次の世代に続いていることにロバートは感慨を覚えた。


 両国の国交が回復していない今、長期の滞在は、いらぬ憶測を招きかねない。アレキサンダーの言葉に、一の王子も同意した。


 川の民の船に乗り、対岸に渡った後は、一の王子の一行の案内で道を進んだ。用意されていたティタイトの馬は、見知らぬ乗り手にしばらく不服そうだったが、そのうちに大人しくなった。


 背の高いロバートは、いるだけで目立つ。 ライティーザの装束をまとった背の高い男を連れて、町中を通るわけにも行かないのだろう。一行は町外れを進んだ。ロバートの目には、目印などないが、先導する一の王子は、迷いなく馬を進めていた。


 丘の上に、一本の若木があった。

<ここだ。目印に、この石を置き、この木を植えた>

 一の王子の言葉通り、ライティーザが見える側の斜面に、白い石が置かれ、木が植えられていた。


「伯父上」

昨夜、一晩考えたが、なんと言ってよいかわからなかった。ただ、黙って目を閉じ、祈りを捧げた。彼の死後、ライティーザに起こったことを、心の中で伝えた。神の加護を、先祖たちからの守護を願った。


<ありがとうございました>


 ロバートは、一の王子に礼を言うと、墓の傍らに落ちていた小石を二つ拾った。

<これは、持ち帰らせてもらって良いですか>

<かまわないが、なぜだ>

<王都にある一族の墓と、別の土地で眠る母、彼の妹の墓に供えようと思います>

<それだけでよいのか。遺品はいらないのか>

一の王子の言葉に、ロバートは微笑んだ。

<墓を掘り返そうとは思いません。伯父の眠りを妨げることになる。あなたは、丁寧に葬ってくださった。感謝しています>

<そうか>


 ロバートの言葉に、一の王子は何か考え込んでいた。


 川の民の船に乗り、ライティーザ側の岸に戻った時、まだ昼にもなっていなかった。岸辺に足が着いた時、ロバートは自分が思っていたよりも、緊張していたことを自覚した。


「ロバート」

 川の民の中から、聞き慣れた声がして、ローズが現れた。

「ローズ」

飛びついてきたローズを抱きしめ、ロバートは笑顔になった。

「お墓参りは」

「えぇ、行ってきました」


 その傍らでは、一の王子が息子と何か会話をしていた。


「一の王子のご子息と、仲良くできましたか」

「えぇ。お名前を教えてもらったけど、難しくて言えなかったから、“サーさん”って呼ばせてもらったの」

ローズの言う通り、ティタイトの言葉には、ライティーザの言葉にはない子音と母音がある。相当練習しなくては発音出来ない音だ。


 ティタイトの民が、特に王族が人に名前を教えるのは珍しい。その栄誉を、名前を発音できないからといって略してしまうなど、公式な会合であれば大問題になるところだ。


「ティタイトの方が名前で呼ぶのは、家族かそれと等しいくらい親しい相手です。名前を教えるというのは、とても大切なことなのです。ローズ、出来れば練習して、お名前を発音できるようになってください。彼は、なんとおっしゃいましたか」

「サー…」

ローズは、全く発音できておらず、何を言おうとしているのか、ロバートには察することすらできなかった。


二人の会話が聞こえたのだろう。少年が振り返った。

<“緑の風”だ>

<父の恩人の甥である男の、妻となる娘だ。私の名を呼ぶに値するが、言うことができないのは、面白い>


 勝手に名前を省略するローズの無礼な行為にも、“緑の風”は気を悪くした様子もなかった。

<お名前を教えていただきながら、申し訳ありません>

<構わない。色々と練習してくれた>


<私の名は、“風に舞う鷹”だ>

一の王子がロバートを見ていた。

<名を教えていただき、ありがとうございます。私の名は伯父と同じロバートです。家名はありません。一族は“王家の揺り籠”と呼ばれています>

<なぜ、家名がない。ライティーザの貴族は、家名を持つと聞いた>

<貴族ではないからです。代々王族に仕え、王子や姫を育ててきた一族です>

<ライティーザの風習はよくわからない。貴族は名誉ある地位と聞いている。真の戦士だ。名誉ある地位についてもおかしくなかろうに>

 一の王子の言葉に、ロバートは微笑むのみだった。


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