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7)ラフォード伯爵の見舞い

 ロバートは、御前会議で倒れた後、暫くの間、高い熱が続いた。万が一を、ハロルドがアルフレッドとアレキサンダーに告げた日もあったが、以降は持ち直した。


 少し落ち着いたあとも、ハロルドは、ロバートの体調がより改善するまで、王妃の間で療養を続けるべきだと主張した。


 ローズや、孤児院で育った侍女たちが、ハロルドと弟子達を手伝い、ロバートを看病した。

「随分と、手慣れているな」

「私達、子供の頃から産院や救護院でシスター達を手伝っていたものね」

感心するハロルドに、ローズや侍女たちは誇らしげに答えた。


「俺の弟子に、修行にいかせてもいいかもなぁ」

孤児院で育ったということを卑下しない様子に、ハロルドは微笑んだ。孤児院で育ち、身寄りのない少女達は、本来ならば王宮で侍女など出来ない。誰かが上手く手を回したのだ。

「秘密主義なのはいいが、お前は一人で抱えすぎじゃないか」

眠るロバートは、何も答えなかった。


 王都の治安維持のための、何度目かの話し合いの後だ。ロバートの見舞いにいこうとするレオンに、ラフォード伯爵が同行したいと申し出た。

「アレキサンダー様、ご迷惑を承知で申し上げます。私も、レオン様がお見舞いに行かれるのに、同行させていただくわけにはまいりませんか」


 ロバートは、続いていた高熱が少しましになった程度だ。傷も癒えていない。寝具に身を任せて身を起こしていられるようになってから間もない。


「お前が座れる程度になった頃に、見舞いを受けようと思っていたが」

アレキサンダーは、ロバートの()けた頬に触れた。

「ラフォード伯爵には、お気遣いいただいて、いるようですから」

ロバートは、寝具に身を預けたままだ。


「ラフォード伯爵は、王都の治安に随分と熱心に取り組んでいる」

アルフレッドの言葉に、アレキサンダーも頷いた。

「王都の治安改善について論じる時、ラフォード伯爵がいると、派閥間の啀み合いがおさまる」

「それは、随分と、貴重な発言をなさる方なのでしょうね」

ローズの言葉に、アレキサンダーは頷いた。


 ラフォード伯爵は、王都の治安改善に熱心で、積極的に発言していた。

「娘はみな嫁ぎました。孫もおります。妻は近頃病気がちなのです。娘や孫に会いたがっているのですが、妻が訪ねることは難しくなりました。娘達は、孫を連れて会いに来ると言ってくれているのです。妻が、万が一のことがあってはと、断っておりますが、本心では会いたいのですよ。私自身も、娘や孫に会いたいですし、妻にも会わせてやりたいのです」

そう語るラフォード伯爵の言葉に、多くの貴族が共感し、協力的になった。


 見舞いに訪れたラフォード伯爵は、寝台に身を横たえたロバートの手をとった。

「ロバート殿、私は、あの戦いで、殿(しんがり)を務めました。名前も存じ上げない方に助けられました。貴方によく似ておられた。あなたのご親族のどなたかでいらっしゃるはずです」

ラフォード伯爵の目に涙が光った。


殿(しんがり)を務めた功績で、私は御前会議に出席を許されました。あの時、私を助けてくださった方に、いつか御礼をと思っておりました。指揮権をお持ちのようでしたのに、どなたであるのか、どうしてもわからなかったのです」


 ラフォード伯爵が、ロバートの顔を見つめた。

「前々から、どこかで拝見したことがある顔をしておられると、思っておりました。先日の御前会議で、はっきりと思い出しました」


 普段の取り澄ました顔でなく、怪我で余裕が無いロバートの顔を見て思い出したという正直なラフォード伯爵に、顔色が悪いままのロバートは苦笑した。


「ティタイトとの戦いには、私の伯父のロバートが参戦しておりました。母の兄です。戻ることはなかったので、私は、会ったことはないのですが」

「やはり、亡くなっておられましたか」


 貴族ではなかった伯父ロバートの死は、公にはされなかった。一族や関わりがあった者だけが知っていることだ。


「あの方は、私に、ライティーザの未来のため、生きて帰れと言われました。矢の雨が降る中、あの方は、『かつて狼と呼ばれた一族の末裔よ、誇り高き我らの始祖の志を継ぐ者よ』、と叫び、それに続いて何かを叫ばれた。その声に応じて、鬨の声をあげた者達は多くいた。何とおっしゃったのか、私にはわかりませんでした。鬨の声をあげた者達は、ライティーザの未来のため、お前達は生きて帰れと言い、私達を引き揚げる船に乗せました。彼らは、船を守り、川の民を守り、ティタイトと戦い、多くが討ち死にして沈んでいきました」

ラフォード伯爵の目から涙が零れ落ちた。


「私は、ラフォード伯爵家は、殿(しんがり)を務めたことで、御前会議に出席を許されるようになりました。でも違う。あの時の殿(しんがり)は私達ラフォード家の者ではありません。それを、先王陛下にも訴え出ました。殿(しんがり)を務めたのは、私達ではないと、名も知らぬ方だと。不相応な栄誉を受けるわけにはいかないと。先王陛下はおっしゃいました。『知っている。あの者と、つらなる者達は、多くの者を助けた。出来れば、帰ってきてほしかったが。残念だ。本当に残念だ。彼らのことは公にされることはない。彼らに助けられ、生き残ったお前は、彼らの分もこの国のために尽くせ』そう、おっしゃったのです。せめて、先王陛下のお言葉どおりにと、御前会議の末席ながら、精一杯務めていました」

その言葉通り、ラフォード伯爵は、新興中の新興だが、時に鋭い発言をしていた。


「いつか御礼をと、思っておりました。縁者の方に、既にお会いできていたとは。知らずとは言え、御礼を伝えるのがこんなに遅くなってしまいました。末の弟は初陣でした。怪我はしましたが、生きて帰る事ができました。足を引きずってはいますが、今も元気です。本当に、ありがとうございました」


 先のティタイトとの戦いは熾烈を極めた。親子兄弟で参戦し、生きて帰った者は一人か二人という貴族は稀でなかった。戦に参加した家族が全滅し、万が一のために領地に残されていた一人が、必死で立て直したという家も少なくない。


 ラフォード伯爵も相当苦労しただろう。

「御礼を申し上げるのは、私の方です。伯父や、伯父の仲間の、最期を知る方は、本当に少ないのです。ありがとうございました」


 ロバートは、伯父ロバートの亡くなったときの年齢に追いつこうとしている。伯父の没年を意識するようになった頃から、伯父の消息を耳にする機会が増えた。伯父ロバートにも、互いに想い合う人がいたことはわかっている。きっと生きたかっただろうに、伯父はライティーザ王国のために死ぬことを選んだ。


 伯父の想い人は、一族とはもう、関わり合いたくないといい、どこかの修道院に身を寄せたはずだ。今何をしているのだろうか。

 

 ラフォード伯爵は、何度も御礼をいいながら、帰っていった。


 夜、隣で眠るローズの寝息を聞きながら、ロバートは、会ったことのない故人達に思いを馳せていた。


 先王は、ティタイトとの戦いで王太子であったチェスター第一王子を喪った。伯父のロバートはチェスター第一王子の乳兄弟であり、彼を守る立場にあった。チェスター第一王子は、重症を負い、王都まではたどり着いたが、意識が戻らないまま死去した。先王は、彼の息子を守ることが出来なかった伯父ロバートを始めとした一族や影達を、恨んでおられるだろうと、思っていた。帰らなかったことを悼む言葉を口にしておられたなど、知らなかった。


 故人を悼んだところで、還ってくることはない。


 先のティタイトとの戦争は、ティタイトに奪われたライティーザの領土を取り返すための戦いだった。領土を取り戻したまでは良かった。チェスター王子が、ティタイトへ攻め入る決断をしたことで、泥沼化した。伯父ロバートも、先代のアーライル侯爵も、チェスター王子を止めることが出来なかった。


 敗戦直後、ティタイトへの深入りは、伯父ロバートの進言のためだと虚偽の報告があった。重症だった当代のアーライル侯爵が、意識を取り戻し、作戦会議での出来事を報告するまでの間、一族で唯一王都にいた母アリアへの風当たりは相当激しいものだったと聞いている。


 保身のため虚偽の報告をした貴族は、取り潰しにあった。戦争直後、人心が殺伐としていた頃だ。やや過激な処罰だが、当時はそれが当然とされた。それほどまでに、人が人を恨んだ時代だった。

 

 ロバートは、どこかで、先王は伯父を恨んでいるだろうと思っていた。悼む言葉を口にしておられたことに、守るべき王子を守り切ることができず、祖国に帰る事もできなかった伯父ロバートの無念が晴らされたような気がした。


 今まで気にもとめていなかった、伯父の想い人の消息が気になった。彼女の希望を受け入れ、一族は彼女と一切接触していない。居場所も生死も不明だ。伯父の墓があることを、ティタイトの第一王子に弔われたことを伝えたかった。


「我ら共に王国の礎とならん」

ローズの寝息を確認しながら、ロバートはかつて伯父ロバートが口にしたであろう古代語を呟いた。本来は、もっと長い文章の一節だ。全文を語り継いでいるのは、一族の本家、王家の揺り籠と呼ばれる者達だけだ。


 いずれローズと結婚したら、ロバートはローズに教えるだろう。産まれる子供たちにも教えるだろう。ロバートは、眠るローズの頭を撫でた。眠っていると知りながら、ロバートは語り継いできた(うた)を、ローズの耳元に囁いた。

「我、右手に剣を持ち、」


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