6)報告
ロバートが目を覚ましたのは、夕刻だった。
「お目覚めですか」
緩慢に目を瞬くロバートに、エリックは声をかけた。
「会議、は」
ロバートらしい言葉だ。
「本日は終わりました」
「ローズは」
「あなたの隣です」
エリックの言葉にロバートの視線がゆっくりと動く。胸元で眠るローズをみて、ロバートが微笑んだ。
「アレキサンダー様、アルフレッド様は」
「お二人は、陛下の執務室で、一部の方々とお話し合いをしておられます。ヴィクターが同席しています。師匠がついています」
エリックの報告に、ロバートは安堵したかのように目を閉じた。
「会議の、結果を、教えて、下さい」
「えぇ。まずはこれを口になさって下さい」
エリックは果実水をロバートに差し出した。果実水を受け取ったロバートの手は、燃えるように熱かった。
「ここは」
「王妃様のお部屋です」
「そうですか」
「会議の終了後に、バーセア伯爵が、どうしても自分が背負って連れて行くと、レオン様と問答になり、結果、上背のあるバーセア伯爵が」
「今、何と」
「バーセア伯爵が、貴方を背負ってこの部屋まで運ばれました。本家の御当主の御世話は、是非私がと」
ロバートが溜息とともに目を閉じた。
「西のバーセア家は、古いですから」
そういうロバート自身、王家と並ぶ歴史がある一族の一員だ。
「なぜ、そこまでバーセア伯爵は、本家の当主であるあなたに、こだわられるのですか」
エリックの質問に、ロバートが、熱で潤んだ目をまた開いた。
「私があなたにそれを説明出来るのは、まだ先です」
物憂げに瞬き、身を横たえたまま、ロバートは傍らで休むローズの頭をそっと撫でる。
「この子にも、いずれ話すことではありますが。今ではありません。会議の内容を、報告して下さい」
「はい」
長の命令だ。エリックは会議できまった要点を述べ始めた。
「王都の治安強化に反対する貴族はおりませんでした。地区毎に警備隊を組織し、経費はすべての貴族で折半、事情があれば物納も可、警備隊の隊長はアーライル家かアーライル家の分家で再教育することになりました。バーセア伯爵家が西の貴族たちを束ねてきた手法を、応用したものです」
目を閉じたままのロバートが頷く。
「アーライル侯爵とバーセア伯爵は意気投合されたようです。古参だけでは問題ではないかというレオン様とラフォード伯爵のご意見もあり、アスティングス侯爵とラフォード伯爵も協力されることになりました」
レオンが、ウィリアムとウィルフレッド見る目は、獲物を見つけた獣のような目だった。
「ラフォード伯爵」
掠れた声でつぶやき、ロバートが薄く目を開けた。
「アスティングス侯爵に、『貴殿の館周辺の警備隊が、今の程度のままでは、ご息女がご実家をご訪問することも敵いませんな』等、他にも随分と、おっしゃられました」
ラフォード伯爵家は、新興貴族といわれるアスティングス家よりも、さらに新しく御前会議に参加するようになった貴族だ。そのためか、古参と新興という貴族間の派閥とは距離を置いている。
「先のティタイトとの戦で、ラフォード伯爵の一族は、殿を務められたそうです。ロバート様をお見舞いしたいと仰っておられました。随分と熱心なご様子でしたが。お知り合いでしたか。アレキサンダー様が、見舞いは後日にして欲しいとおっしゃると、随分と残念そうにしておられました」
エリックは、ロバートに、もう一度果実水を差し出した。起き上がろうとしたロバートを助け起こそうとしたエリックは、その体の熱さに思わず顔をしかめた。
「殿であれば、一族、影と会った、ことも、あるかと。いずれ、お会いしたいですが、今は」
囁くような声でロバートが答える。
「今のあなたは、休むべきですから」
ロバートの髪は、白にわずかに茶が交じるだけだ。痩けた頬、目の下の隈も、一時は改善していたのに、また酷くなっている。熱に浮かされ潤んだ瞳で、熱い息を吐き、顔色も悪い。
親しくもない人間に見舞われても、今のロバートには迷惑だ。
「裏街道の取り締まり、違法な宿屋の摘発にも、反論はありませんでした。問題は城門の警備です。結局その点に関しては、意見の一致を得ませんでした。すべての荷物の検問など困難です。許可証を使って、人の出入りを管理するのも容易ではないと、一端保留となりました」
頷くロバートに、エリックは、ゆっくりと果実水を飲ませた。熱が高い分、喉が渇くはずだ。
「城門周辺の警備は強化されることになりました。少なくとも脛に傷を持つような連中は近づきにくくなるのではないでしょうか」
「出来ることから、でしょうね」
「はい」
エリックはゆっくりと、ロバートの身体を寝台に横たえた。僅かな身動きでも、熱を持った背の傷が痛むのだろう。ロバートの呼吸が乱れる。
「アルフレッド様とアレキサンダー様と、アーライル侯爵様、次期侯爵レオン様、バーセア辺境伯様の他、ラフォード伯爵やリヴァルー宰相を含めた取り締まり強化に賛成の方々が、アルフレッド様の執務室で次に向けて話し合っておられます。ヴィクターが従っております。師匠も聞いておられます」
エリックは、ロバートの額の汗を丁寧に布で拭き取った。
「アスティングス侯爵も、取り締まり強化に賛成しておられます。ラフォード伯爵のご発言に影響されてのことかもしれませんが。参加を申し出ておられました。ただ、先に、ご家族で話し合いをされてから、参加するようにと、アルフレッド様に帰宅を命じられました」
「アスティングス侯爵様が」
「えぇ。古参新興関係なく、賛成される方と、あまり積極的ではない方がおられました」
御前会議では、古参と新興で意見が分かれることが多かった。珍しい事態だった。
「ロバート様、あなたはもう少し休まれて下さい」
横たわったままのロバートの口に、エリックは、もう一度そっと果実水を含ませた。ゆっくりと嚥下したのを確認し、次の一口を含ませる。
「まずは、体を治すことを専念なさって下さい。そのためのヴィクターとアレクサンドラです」
熱で潤んだロバートの瞳が、エリックを見ていた。
「当面、傷が癒えるまでは、休めというアレキサンダー様からのご伝言です。ヴィクターとアレクサンドラも、そろそろ独り立ちを目指す頃だと、師匠からの伝言も預かっております」
突然、熱いロバートの手が、エリックの手を掴んだ。
「あなたも、です。私が動けない、今、あなたが、アレキサンダー様を警護して下さい」
エリックは息を呑んだ。いつか、ロバートに並び立ちたい、信頼され背を預けられるようになりたい。ずっとそう思っていた。今、任されたのだ。
「はい、然と承りました」
エリックの言葉に、ロバートは微笑むと目を閉じた。
「少し、いえ、暫く休みます。筆頭の代行は、エリック、あなたにお願いします」
「えぇ、休んで下さい。まずは、お体を治すことに専念なさってください」
エリックの言葉に、目を閉じたままのロバートが頷く。
ロバートは、ずっと一人で、アレキサンダーを支えてきた。誰にでも優しく、全員に冷たい、孤高の人だった。
怪我をおして執務室に現れるロバートに、アレキサンダーが、部屋に戻れと叫ぶのは、珍しいことではなかった。解決せねばならない問題があるときに、ロバートが、休むなど、口にすることはなかった。
ロバートは、エリックを信頼し、背を預けてくれたのだ。その信頼に報いようと、エリックはあらためて強く決意した。
二人の会話にもかかわらず、ローズは眠ったままだった。
ロバートは目を閉じたまま、ローズの頭を撫で、深く息を吐いた。
「私は、部屋の外におります」
「あなたも、きちんと、交代を」
退出しようとしたエリックを、ロバートの声が追いかけてきた。
「はい」
エリックは、一礼してから扉を閉じた。
エリックは、できれば交代せず、常にロバートに付き従いたい。だが、ロバートはそれを許さない。休息なしでは人は、使い物にならなくなる。規則的に交代するようにと、ロバートはよく言っていた。
「ロバートは、休憩しろとか、交代しろとか、言うけどな。その誰かさんが、アレキサンダー様を、一日中警護していたら、説得力が欠片もないな」
無理をするロバートを休ませようと、エドガーが繰り返していた言葉が、エリックの耳に聞こえたような気がした。エドガーは、家族揃って南にいる。
エリックは、エドガーの軽薄な態度に腹が立つことも多かった。だが、ロバートが本調子ではない今、緊張感を台無しにするエドガーの軽薄な口調が、エリックには懐かしく思えた。
本日10時から幕間の更新開始です。
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お楽しみいただけましたら幸いです。15日10時に、まとめて投稿します。
前半シリアス、後半ほのぼのです(ただし、作者基準です)




