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5)代理

「報告は以上です」

抑揚の少ない声で、エリックは報告を終えた。


「街道沿いに裏街道というべき道があるのはわかっていたが。そこの各所に宿まであるのか」

取り締まりが、と、頭を抱えた貴族がいた。

「はい。外見からは宿屋とはわかりませんが、道を行き交うものは皆、宿と認識しておりました」

エリックがその言葉に答えた時だった。


「近習などに発言は許可されているのか」

せせら笑った声は、エリックの耳にも入った。

「先程、報告するようにと仰せつかりました。陛下の許可は頂いております」

「使用人が小賢しい」


 あからさまな挑発をエリックは無視した。エリックは現ティズエリー伯爵の五人目の弟だ。若くして亡くなった兄達がいるので、実質は、二人目の弟だ。


 ティズエリー伯爵家は先代の放蕩で、財産を多く失った。現当主である兄は領地を繁栄させ、かつての勢いを取り戻しつつある。先祖は学者から始まったが、古い家であり、血縁関係にある貴族も多い。


 貴族の血縁関係に無知だと自らさらけ出している男に、家名を名乗るべきか、エリックが、考えていた時だった。

「聖女ローズの御身が汚されようという時に、ただ追っていたのか」

貴族が口にした根拠のない非難に、エリックは口の端を吊り上げた。


「王家の影が常に、聖女様を陰ながらお守りしておりました。それこそ、何かあれば、血の雨が降ることになったでしょう」

エリックは、心の中で相手を罵りながらも、淡々と言葉を重ねた。

「勝手なことを」

「失礼いたしました。言葉足らずで申し訳ありません。血の雨でなく、血肉が降り注いだことでしょう。聖女ローズ様の身は清いままでいらっしゃいます」


 凄惨な言葉を顔色一つ変えずにエリックは口にした。落ち着いた印象のエリックは、冷静な口調もあいまって、冷たい印象を他人に与える。その影響を、エリックは、相手の顔から血の気が引いたことで実感していた。


「出鱈目を言いおって」

負け惜しみを口にした貴族に、エリックは呆れた。


「おや、王家の影が、嘘の報告をしているとでもおっしゃるのですか」

レオンは穏やかな口調だが、殺気を放っていた。

「いや、そのようなつもりは」


「巷の噂に惑わされておいでのようだ。貴殿も、嘘偽りをあなたに教えるご友人に気をつけられたほうがよろしいでしょう」

バーセア伯爵も、笑顔を浮かべてはいるが、手は剣の柄に添えられている。


「裏街道と宿屋は問題です。他には、城門の管理でしょう。今まで、外からの不審者の侵入には備えてまいりましたが、中からの不審者の流出など気にもとめていなかった。出ていくならば、それでよいと。検問で時に、荷物の確認をすることもありましたが、全てではありません。届けがあれば取り締まっておりました。今のままでは、金品を強奪し、人を攫っても、届けより先に城門の外へ出てしまっては、捕らえようがありません」

アーライル侯爵の言葉に、頷く貴族も多かった。 


 以前にも、それが問題になったこともあった。だが、様々に反対され、結局は変わらずに現在にいたってしまっている。

「しかし、それでは通商の妨げになる」

「今の門で、警備を強化しては、人が通れなくなるだけでは」

「そもそも、そのようなことを行うには、警備兵がどれだけ必要か」


 かつてと同じ議論にアーライル侯爵は歯噛みした。武を預かる騎士の家系だが、騎士一人育てるにも、手間も金も時間もかかる。


「アレキサンダー様。アーライル侯爵様は、一時にすべて変えるべきとまでは、おっしゃっておられないように思いましたが」

エリックは、アレキサンダーのほうに身をかがめつつ、発言した。声を抑えず、周辺どころか、全員に聞こえる声のままだ。こういった手口を、エリックはかつて、ロバートに教えられた。

「そうだな。エリックお前の言うとおりだ。まずは問題点を一つずつ変えていくことになるだろう」

アレキサンダーは、エリックの言葉に答えた。


「街道の警備と言えば、エリック、君の兄上は、領地の警備をどうしている」

アレキサンダーの言葉に、先ほどの貴族の顔色が変わった。


「このような場で、弟の私が申し上げるほどのことを、兄が成し遂げているとは思えませんが。聖女ローズ様の御助言が、あってのことです」


 ティズエリー領には、主要な街道の宿場町が複数ある。兄は通行料で領地からの収入をあげようとした。ローズに治安を良くして大きな市場を呼び込んだほうが、お金になるとのではと提案された。兄に伝えたところ、治安維持や街道整備の費用はかかりそうだが、店が潤えば税収になり、人が増え、経済取引が増えることで、領地収入の改善が期待できるだろうからと、試験的に街を選んで実行することにしたと連絡があった。


 兄が期待した以上の成果が出ているらしい。兄から子供たちを、王太子宮で行儀見習いをさせたいという連絡が来ている。ロバートは、ヴィクターとアレクサンドラに付き纏われているが、まんざらでもなさそうだ。甥や姪と、同じ主に仕えるというのも悪くはないと、エリックにも思えてくる。


「ティズエリー家の先祖は学者だ。伝統的に学者の多い家系だ。その意見は貴重だろう」

古参貴族たちがうなずきあった。


 新興と古参貴族の(いが)み合いは、問題だ。議論の度に、なにかと難癖をつけ、(いが)み合いを煽る者がいるのだ。


 数ヶ月議論が進まなかった理由がエリックの目の前にあった。家名があることは便利なのか面倒なのか。王家の揺り籠は、先祖代々叙爵を断り続けている。それなりの理由もあるのだろう。


 互いに忌憚のない意見を述べるはずが、派閥の争いに議論が取り込まれていく。エリックは、内心歯噛みをしていた。


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