4)直接対決
レオンは細心の注意をはらいながら、アレキサンダーの控室の扉をあけた。剣を押さえ金属音がならないようにする。
小柄なローズが休むために用意された長椅子に、ロバートが横たわっていた。ロバートの長身では足が出てしまう。膏薬の匂いが鼻につくなか、ロバートは、周囲の人の気配にも関わらず眠り続けていた。その長椅子のすぐ横の椅子ではローズが寝息を立てていた。
レオンの合図でウィルヘルムがそっとロバートの首に手を近づけた。首に浮かび上がる紫斑と手が重なった瞬間、ロバートが目を開いた。二人の目があった。ロバートが息をのんだが、首にかけられたウィルヘルムの手を払いのけようとはしなかった。
「あなたは、そうやって抵抗しなかったのですか」
レオンは静かに問いかけた。ロバートは答えなかった。だが、レオンの声は、眠っていたもう一人の目を覚まさせた。
「ロバート!」
悲鳴のような声を上げ、目を覚ましたローズは、ロバートの首にかけられたウィルヘルムの手を払おうとした。ロバートが飛び起き、ローズを背にかばうように身を起こした。
「これは」
ロバートは、周囲にアルフレッドも含め、貴族がいることにようやく気付いた。
「ロバート、君はもう少し眠っている予定だったのに」
ハロルドが、ロバートの緊張を無視し、のんびりとつぶやいた。
「ロバート様の首に痣をつけた人物の照合にきました。アスティングス侯爵家のウィリアム様とウィルヘルム様が先ほど、あなたを暴行したと証言なさいました」
レオンの言葉に、ロバートはウィリアムとフィルヘルムを見た。
ロバートには、ウィリアムとフィルヘルムの二人が何を考えているか、わからなかった。熱のせいか、頭が朦朧としている。無理に動いたせいで傷が痛み、気が散って集中できない。
「次男ウィルヘルムが率先してやったことだ」
アスティングス侯爵家当主フィリップが言った。
「ウィリアムは途中で少々手出ししただけだ。ウィルヘルムが咎を負うべきだ」
ロバートの目に、父親であるアスティングス侯爵フィリップの言葉に、ウィルヘルムが俯き、唇を噛んだのが映った。
「それは違います」
ローズを後ろにかばったまま、ロバートはアスティングス侯爵を見据えた。
「ウィリアム様、ウィルヘルム様、お二方に私は暴行されました。なによりアスティグス侯爵様、あなたは、お二人がなさることを、ただ黙ってみておられた。私が首を絞められた時、止めたのはアレキサンダー様であり、あなたではない」
「黙れ」
アスティングス侯爵の言葉を、ロバートは無視した。
「咎を負うべきとおっしゃるのであれば、ご兄弟ともが等しく叱責されるべきでしょう。何より、それを止めるべきであった、当主であるあなたの咎についてはどのようにお考えですか」
ロバートの言葉に、アスティングス侯爵の顔が怒りで真っ赤になった。
「黙れ、たかが使用人のくせに」
手を振り上げたアスティングス侯爵とロバートの間に、巨体が身軽に割り込んでいた。
「おぉ痛い」
のんびりとバーセア伯爵が、頬をさすった。
「これは伯爵家として、侯爵家からの暴行ですので、正式に抗議させていただきましょうか」
バーセア伯爵は悠然と微笑んだ。
「伯爵が、使用人ごときを何故」
アスティングス侯爵が吠えた。
「騎士たるもの、女性を守ろうとする男を助けるなぞ当然のことです」
バーセア伯爵が悠々と答えた。
「ましてやロバート様がおっしゃっていることに、何の間違いがございますかな。さすがは、王家の揺り籠の当主、代々王族を育ててこられた一族のお方、裁きは公正でいらっしゃる」
堂々たる体躯のバーセア伯爵の迫力に、アスティングス侯爵が敵うわけがない。
「ご子息方がなさったことは、褒められたことではありますまい。ですが、きちんと自ら名乗り出られた。そこを父として、褒めた上で、叱ってはいかがかな」
アーライル侯爵の義足が、床を叩く音がした。
扉に近い位置に立ち、ちょうど、アスティングス侯爵の退路を塞ぐ形になっている。
「お前は、俺を庇うのか」
ウィルヘルムの言葉に、レオンに支えられたままのロバートは首を振った。
「いいえ。ウィリアム様とウィルヘルム様、お二方とも責任があり、お父上の、アスティングス侯爵様にも責任があると申し上げたのみです」
ロバートの言葉に、ウィルヘルムは顔を歪めた。
「怪我をさせたら、どうなるかなんて、考えていなかった。ヒィヒィ痛がって、やめてくれと泣くだけだ。そのうち、みんな辞めていった。うるさくて、煩わしいだけだった。お前は、何も言わずに耐えていた。他の奴みたいに、泣かせてやろうと思ったのに、何も言わなかった。そんなに、体が熱くなるほど、お前が倒れるほどの怪我になるとは、思っていなかった」
ウィルヘルムの声が震えた。
「いつも、俺ばかり父上に怒鳴られるだけで、何をしても、俺ばかりで」
「違う、だって、父上は俺のことなどずっと無視していた。お前はまだ、叱ってもらえたから良いじゃないか」
ウィルヘルムの言葉に、ウィリアムが叫んだ。
「じゃぁなんで、兄上は怒られないのに、俺ばかりが」
ウィルヘルムが怒鳴り返す。兄弟のにらみ合いになった。
「あの、ご家族で話し合われたほうが、よいのではないでしょうか」
ローズの言葉に、気まずくなっていた部屋の面々は頷いた。
「ウィリアム様も、ウィルヘルム様も、本当はお優しい方ですもの。アスティングス侯爵様も一緒に、お話し合いをされてはいかがでしょう」
ローズの言葉に、ウィルヘルムは唇を噛んだ。
「どうせ俺だけが、また怒られるんだ」
「俺だって、次期当主、次期当主って、俺じゃなくて跡取りだったら誰でもいいのさ」
ウィリアムが地団駄を踏む。
「お前たち、勝手なことを言いおって」
アスティングス侯爵が憤怒の形相を浮かべた。
「ロバート!」
ローズの緊迫した声が飛んだ。ロバートが青褪め、口元に手を当てていた。
「吐くならこっちに吐け」
ハロルドが差し出した器にロバートが吐いた。
「水もってこい、ほら、全員出てけ、あ、間違えた、出ていって下さい。怪我人に無理をさせないでください、あ、レオン様とローズは残っていい、ちがう、残って下さい。レオン様、ロバートを長椅子に戻すのを手伝って下さい」
ハロルドに、控室から追い出された面々は廊下で顔を見合わせた。
ウィリアムとウィルヘルムの兄弟は近くにいながらも、互いに顔を背けて立っていた。そばには、同じように顔を背けたアスティングス侯爵もいる。
他人の親子関係、兄弟関係など、アレキサンダーには、わからない。
「ウィリアム殿、ウィルヘルム殿」
アレキサンダーが声をかけると、二人一斉にアレキサンダーを見た。兄弟だけあって、良く似た顔立ちで、動きもそっくりだった。
「一度、お二人で話し合われてはいかがだろうか。差し出がましいことを言うが。私には兄弟はいないからわからない。ご兄弟だからこそ、わかり合うことも、わかり合えないこともあるはずだ」
「恨まないのか、俺を」
「あの男は、お前の乳兄弟だろう」
違うけど、よく似ている。ウィリアムとウィルヘルムの言葉に、アレキサンダーは、かつてローズに言われたことを思い出した。
「乳兄弟だが、血はつながっていない。幼いときはともかく、いつ頃からか、主従の関係だった。特に、ロバートはそれを気にしていたはずだ。ある時から、駄目なものは駄目と、厳しくなった。昔から話はいろいろとしていたつもりだったが、言えていなかったこともある。暫く前に、子供の頃のことを詫びたりもした」
ロバートはアレキサンダーの家族ではないが、家族に極めて近い存在だ。
「仲が良いな」
「あの男が、お前相手に、かなりな物言いをしているのは何度も聞いた」
二人の言葉にアレキサンダーは微笑んだ。
「それはあなた方も同じだ。先程から、二人共、ほぼ同じ内容を、別の言い方で言っておられる」
アレキサンダーの言葉に、ウィリアムとウィルヘルムが互いに顔を見合わせた。
「御前会議が中断してしまったが、陛下、いかがなされますか」
リヴァルー宰相の問いかけに、アルフレッドがアレキサンダーを見た。
「ロバートの回復を待ちたいが、そうもいくまい。王都から人を攫うような連中が跋扈していては、次に誰が攫われるやわからん。ロバートの他に、追っていたものがいなかったか」
「はい。おります」
「そのものに、代わりに報告させよ」
「はい」
アレキサンダーの視線に、エリックが一礼した。




