3)息子達の反乱
御前会議には沈黙が降りていた。
「ロバート様は、医者の手当をうけておられます」
「御苦労」
バーセア伯爵は、戻ってきた部下を労った。
「水を差されましたな」
アスティングス侯爵は、せせら笑っていた。
「怪我だというなら、おとなしくしておれば良いものを」
お前のせいだと叫びたいのをレオンはこらえた。
「グレース様の拉致を企んだ者達がいるのです。究明せねばならないことも多い。事態の解決は急ぎます。この王都での貴族の拉致未遂です。次を防がねばなりません。別の方が拉致される可能性もあります。王都だけでなく、国内の各地で人攫いや人買いは横行している。人目につかず、連れ去ったものを遠方へ運ぶ方法があるのです。それを破壊せねば、また同じことが起こりかねません」
本来、アスティングス侯爵が指摘すべき問題でもある。レオンは、この場に居ないロバートの誹謗中傷に満足しているアスティングス侯爵を睨みつけた。
「そもそも王太子妃であらせられるグレース様の外出の予定、道筋など、どこから漏れたのか」
リヴァルー宰相が、つぶやいた。
「よもや、我々をお疑いではありますまいな」
アスティングス侯爵が声を荒らげた。疑うもなにも、アスティングス侯爵家以外からは、漏れるはずのない情報だ。アスティングス侯爵家は、情報の管理を見直す必要がある。それをこの侯爵に、どうやってわからせるかが問題だ。
「いえ、まさか。ただ、先程ご指摘があったとおり、王都の警備隊はあの一帯はアスティングス侯爵家のご管轄です。今回の件で、どのように警備隊の強化をされましたか。他の地域でも参考になるでしょうから、ぜひお聞かせいただきたい」
「確かにそれは、興味深いものですな。我が領地は辺境ゆえ、王都のような町中の警備には不慣れです。ぜひ、お聞きしたいものです」
レオンとバーセア伯爵の言葉に、アスティングス侯爵は答えなかった。
アスティングス侯爵家が何もしていないことは判明している。ウィリアムとウィルヘルムの二人に任せきりにしており、息子たちは事件のあとも、何もしていない。そもそも警備隊の訓練のために、十分な予算を割いていないこともわかっている。
他の地区でも同様の場所は少なくない。警備隊の中には、犯罪組織との癒着が疑われている地区すらある。
アレキサンダーは、アスティングス侯爵の後ろの席に座っている二人の息子を見た。二人共、ロバートの姿を見ただけで、明らかに動揺していた。アレキサンダーは、胸の内に沸き起こる怒りを抑えた。必要なことは、個人の糾弾ではない。王都と周辺の警備を強化する新たな制度の創設だ。アレキサンダーは、自らに言い聞かせてから、口を開いた。
「今回の件は、個人の叱責ですむ問題ではない。次に誰が狙われるか、わかったものではない。今回、王太子妃であるグレースが、王都にある御生家でもあるアスティングス侯爵家へ向かっただけだ。決して珍しい移動ではないはずだ。それが狙われた。攫ったローズを馬車に乗せたまま、王都内を移動し、城壁の外へ出た。明らかに不審な馬車だ。それが簡単に外へ出たというのも問題だ」
王都に犯罪者を入れないため、王都内へ入ろうとする場合の検問は厳しい。だが、逆はそうではない。それ故、ローズが連れ去られてしまった。
「ローズは、王都の周辺への慰問で、何度も門を通っている。顔見知りの門番も多いはずだ。馬車が検問されれば、城門でローズを助ける事もできた」
門番達は、自ら王太子宮に詫びに来た。いつも笑顔で挨拶をしてくれていた可愛らしい聖女様を攫った馬車を見す見す通してしまった。人が取り付いていた異様な馬車だったが、同じ頃、揉め事に対応しており、馬車を止められなかったと言っていた。
喧嘩騒ぎがあったことは事実だ。人攫い達の計画の一つであったかも知れない。門番達の言い逃れという意見もあった。そもそもの制度が問題だとローズは意見した。門番達の中に、馬車が走り去った方向を見ていた者がいたから、追跡の手がかりとなったことも加味され、処罰は軽いものにとどまった。攫われたローズ本人が、ローズを助けなかった者達への処罰の軽減を訴えたことも大きかった。
「常々ローズが言っていたように原因を究明し、その根本から断たねばならない。そのためには、この件に最も深くかかわったロバートと、ローズの証言は重要だ。そのロバートにあのような叱責だ。ローズが動揺するのも無理はない。個人の叱責で、次に誰かが攫われることを防げると思うか。この件の解決を遅らせ、次の事件の発生を促しかねない」
アレキサンダーは、アスティングス侯爵と息子達を睨みつけながらも、必死に気を落ち着け、言葉を紡いだ。あの場で、二人を止めなかったアレキサンダーにも、ロバートの怪我の責任はあるのだ。
「ロバートへの叱責は不当だ。だが、ロバートに不当な叱責をしたものを、叱責しては、同じことの繰り返しだ。私は彼らへの叱責は求めない。私としては、ロバートを、これ以上、不当に叱責するのは、やめていただきたい」
アレキサンダーは、アスティングス侯爵の子息達の横暴への追求を諦めることを決意した。不本意だ。だが、議論が個人の責任問題にそれがちな今、犯人探しの風潮を絶つ必要がある。優先すべきは王都の安全だ。
「アレキサンダー様。恐れながら報告申し上げます」
割り込んできたのは、ハロルドだった。
「ロバートは、熱が高いので休ませています。背の傷のせいでしょう。鞭で皮が裂け、相当にひどい。誰が首を絞めたのかは手の跡でわかります。今であれば、薬湯で眠らせておりますゆえ、確認も可能でしょう」
ハロルドは、周囲に聞こえるような声で、アレキサンダーに報告した。
アレキサンダーは、ロバートを暴行したものへの叱責を求めないと宣言した。其の矢先のハロルドの報告だ。アレキサンダーは、舌打ちをこらえ、ハロルドを睨んだ。
「聖女ローズの救出の立役者に、あれだけの大怪我をさせておいて、お咎めなしというのでは、あまりに不自然です。というより、私は納得できませんな」
「聖女ローズも、自分を救出した婚約者があのような目にあっては、さぞやお心を痛めておられることでしょう。お可愛らしい方が、あのように涙を流されるなど痛々しい。お小さい頃ですら、泣くことなど無かったのに」
発言をしたのはローズを可愛がっていた重鎮達だった。
重鎮たちの目がアレキサンダーと、アスティングス侯爵とを行き来する。アレキサンダーが不自然なまでに睨んでいたことから、何かを察したのだろう。
「確認の必要はありません。私です。妹であるグレースが危険にさらされ、我を失いました。申し訳ありません」
突然、侯爵家の次男、ウィルヘルムが申し出た。
「ウィルヘルム、お前は勝手なことを」
アスティングス侯爵が大声を上げた。
「靴のあとは二人分ございました。アレキサンダー様」
ハロルドは、アレキサンダーへの報告を続けた。
「もう一人は私です」
長男ウィリアムが頭を下げた。
「ウィリアム、お前はなにを考えている」
アスティングス侯爵が怒鳴ったところで、息子たちの発言が帳消しにはならない。アレキサンダーは、呆気にとられた。彼ら二人が自ら謝罪するなど想定外だった。
「では、検分を」
早くしろと言うように先に立って歩くハロルドに、御前会議の主だった面々が続いた。
議題の天秤が、個人の叱責に傾いていく。ロバートに怪我を負わせたウィリアムとウィルヘルムを処罰することができるかもしれない。だが、ロバートが望むのは、二人への復讐ではない。今、この国が必要としているのは、現状の改善なのだ。
貴族達の中には、浮き足だつ気配があった。ウィリアムとウィルヘルム、新興貴族の雄であるアスティングス侯爵家の令息達を叱責しようと息巻いているのだろう。
その顔には、歪んだ愉悦が浮かんでいた。ロバートを暴行していたウィリアムとウィルヘルムと、彼らの性根は何ら変わらないようにアレキサンダーには思えた。




