7)予期せぬ訪問者
馬車が宿泊していた庁舎に到着した。外を見たロバートが、降りないようにと合図した。
「川の民がいます」
ロバートの視線の先に、明らかに異なる服装の男達がいた。
「ロバートと、ロバートの主の王太子様が来るというのは川の民に伝えた」
馬車の扉を開けたベンが言った。
「来るかどうかは、川の民次第だった。どうやら来たらしいけど、なんか、ちょっと物々しいのも連れてきていて、事情ありそうだぞ」
「えぇ」
ロバートの視線は、川の民の後ろに立つ男達に向けられていた。
「ティタイトの民です。おそらく、ティタイトの貴族です」
「俺もそう思う。平民じゃない。イーリャンを呼んでくる」
「彼は、改宗しませんでしたか。ティタイトの貴族に会うのは、避けるべきでは」
「イーリャンに、誰かを寄越してもらおう」
「その時間はなさそうです」
川の民と、ティタイトの貴族らしい一団は、馬車に気づき、こちらに歩いてきていた。ある程度近づくと、全員が立ち止まった。
「攻撃の意思はないようですね」
一行の中で、最も年老いた男が、ゆっくりと杖をつき、歩いてきた。
「彼は川の民です。長老の一人です。彼とは、顔見知りです。事情を聞いてきます」
ロバートは、心配して身を寄せたローズの額に口づけると、馬車から単身で降りた。護衛達に動かないように身振りで伝えると、杖をついてくる男に歩み寄った。
そのまま、言葉を交わしてから、ロバートは戻ってきた。戻ってきたロバートの告げた言葉に、アレキサンダーは、心底驚いた。
「彼らは、ティタイトの第一王子とその一行です。彼らの言葉では一の王子です。アレキサンダー様がいらっしゃると、川の民から聞き、私的に会うため、大河を越えて来られたようです」
ロバートの言葉に、アレキサンダーは眉を寄せた。
「私的な訪問か。こちらも私的な訪問としての対応でよければ、会おう。戦争以降、両国の関係は冷え切っている。正式な国交の回復ができればよいが、それには準備が必要だ。今回がその準備となるかもしれない」
アレキサンダーの夕食会に、偶然イサカの町を訪れていたティタイトの一の王子と一行が同席した。という建前での食事会になった。
ティタイトの風習に合わせた大皿料理を、ライティーザの風習に合わせた食卓に並べ、椅子に座しての食事会となった。ティタイトの風習に従えば、巨大な敷物の中央に料理を並べ、敷物に座して相対して座ることになる。
両国の風習が混在する、イサカならではの光景だった。
<まずは、突然の訪問でありながら、こうして一緒に食事の席につくことが出来た。ライティーザの王太子よ、貴殿に感謝する>
ティタイトの一の王子の言葉に、アレキサンダーもロバートも答えなかった。通訳として呼ばれた、イサカに住むティタイトの民が口を開いたときだった。
<必要ないはずだ。そこにいる背の高い男と同じ瞳を持った男は、私達の言葉を理解した>
アレキサンダーは驚いたが、ロバートを横目で見るにとどめた。一の王子の言葉にも、ロバートは無表情なままだった。
アレキサンダーもロバートもティタイトの言葉は理解する。二人が生まれる数年前にようやく戦が終わったばかりの国だ。いつまた戦争になるかわからないと、二人はティタイトの言葉を学んでいた。
<川の民から聞いた。川の民を助けた背の高い、緑と茶の混じった宝玉のような瞳を持った男が来ると。私は、先の戦で同じ瞳をもつ男に助けられた>
ロバートの表情が僅かに動いた。
<男は、私の怪我を手当し、馬に乗せ、私の仲間のほうへと馬を走らせた。男は『王族か。あなたを殺すと、戦争がおわらない。あちらに逃げなさい。あなたの仲間がいる』といった。私は、仲間の元に帰った。私の命の恩人だ。我々、ティタイトの民は、恩には恩で報いる。私を助けた男は、川の民を守り、己の民が国に帰ることができるように、最期まで戦ったと、川の民から聞いた。男の遺体は、我々の側の岸辺に流れ着いた>
一の王子は、深いため息を吐いた。
<男は、仲間のために戦い命を落とした。真の戦士だ。私を仲間の元に帰らせた。命の恩人でもある。故国に遺体をかえしてやろうにも、戦争直後で叶わなかった。我々なりに、お前たちのように棺に横たえ葬った。私は、男の血縁の者が来るのを待っていた。礼を言うためだ。あの男の顔を知る私が生きている間に、会えるように、毎日草原の神に祈っていた。神が私の願いを叶えてくださったことに、感謝する>
一の王子は、ロバートを見ていた。
<お前は、あの男に本当によく似ている。お前は、私達の言葉を話せるはずだ>
「かまわない」
アレキサンダーがロバートに囁いた。
<私の伯父、ロバートは、ティタイトとの戦に参加し、戻りませんでした。母は、私に戻らなかった兄と同じ名をつけました>
ロバートがティタイトの言葉で答えた。
ローズが不思議そうにロバートを見上げた。
<川の民から、船を帰すため、船頭を守るように戦ったと聞いています。私が生まれる前のことです>
<では、お前は会ったことがないのか>
<ありません>
<そうか>
一の王子は、ロバートの顔を見た。
<お前は本当に、よく似ている。あの男かと思ったほどだ>
<そういっていただけると、嬉しいものです>
「彼は、私の伯父、母にとっての長兄のロバートに助けられたそうです。彼の遺体を葬ってくれたとのことです」
ロバートは、アレキサンダーとローズに一の王子の言葉を伝えた。
「墓があるのか」
アレキサンダーの言葉にロバートは頷いた。
<墓は、どこにありますか>
<大河を渡り、町から離れた小高い丘に葬った。少しでも故国が見えるようにと場所を選んだ>
<一族は、私しか残っておりません。一族を代表して、あなたにお礼を申し上げます。伯父の遺体を丁重に葬っていただき、ありがとうございました>
「墓参りができたらよいが」
<墓には詣でないのか>
アレキサンダーと、一の王子の声が重なった。
<出来ればと思いますが、今、両国の間には、正式な国交はありません。王太子殿下の部下である私が、国境を越えることで、問題が生じるのではありませんか>
一の王子が胸を叩いた。
<あの男は真の戦士だ。命の恩人だ。私の名誉にかけて、戦士の家族は歓迎する。私は一の王子だ。私の命の恩人の血縁者が、恩人の墓に詣でるのだ。何も問題はない。ティタイトは、真の戦士とその縁者は、尊敬をもって扱われる。真の戦士の甥よ。安全は保証する。私の名誉にかけて、髪の毛一筋たりとも、誰にも傷つけさせたりはしない>
「墓参りは、問題がない、歓迎する、名誉にかけて、身の安全は保証する、一の王子は言っておられます」
ティタイトの言葉がわからない風を装うため、ロバートの言葉にうなずきながら、アレキサンダーは悩んでいた。ロバートの心情を考えれば、許可をしてやりたい。だが、ティタイトの一の王子がどこまで信用できるかわからない。一の王子にその気が無くとも、周囲の者が、ロバートに危害を加える可能性はある。
「王太子様」
それまで黙っていた、通訳として呼ばれていたティタイト出身の男が口を開いた。
「ティタイトでは、敵味方関係なく、真の戦士と認められたものと、その縁者は尊敬されます。ティタイトの民が、特に高貴な方々が、名誉にかけてという場合、ライティーザで言えば、命を懸けてというのと同じ意味です。ですから、仮にロバート様の身に何か会った場合は、一の王子が、責任を取り、自害なさるお覚悟があるという意味です」
男の言葉に、アレキサンダーも流石に息を呑んだ。名誉にかけてという言葉に、命をかけるという意味があるとまでは知らなかった。
「そうか。ティタイトの民でもあるお前が言うのならばそうだろうな。そういった意味合いまでは、わたしたちの預かり知らぬことだ」
アレキサンダーの隣では、ロバートが沈黙を保ったままローズの肩を抱いていた。
「行きたいか」
「はい。出来ることならば」
アレキサンダーは、ロバートが躊躇せず自分の希望を口にしたことに驚いた。
外交に影響を与えかねないことだ。周囲を慮り、自身を後回しにしてきたロバートの変化は、アレキサンダーにとって喜ばしいことだった。
「許可しよう。私的に会っただけだ。家臣の一人が、親戚の墓に詣でることを止める理由はない」
「ありがとうございます」
安全面に不安がないわけではない。だが、一国の王子が、命を懸けている以上、勘ぐるのは無粋だ。
<伯父の墓へ、ご案内をお願いできますか>
<無論だ。恩人を甥に会わせることができることを、誇りに思う>
ロバートの言葉に、一の王子が破顔した。




